題字 「三田祭研究論文」
2020年度

・ マーケティングゼミ合同研究報告会とは
・ 小野ゼミにとっての位置付け
・ 2021年度の小野ゼミの研究テーマ
・ 研究経過報告
・ 発表会当日のスケジュール
・ 発表会当日の模様
・ 研究を終えて


2021年度マーケティングゼミ研究報告会研究論文(全文ダウンロード)
慶應義塾大学商学部 小野晃典研究会 第19期 (2021)
 「
2種類のアニメ聖地巡礼動機
           ―社会的疎外感に着目して―」


マーケティングゼミ合同研究報告会とは



 慶應義塾大学商学部の華、商業学(マーケティング論)のゼミが集まって、三田祭研究の成果を発表しあうという企画が、「マーケティングゼミ合同研究報告会」 です。 小野先生の在外研究期間中の2005年に始まり、小野ゼミは、この報告会のための独自の共同研究プロジェクトを立ち上げた上で、再開直後の2007年(第5期)から参加させていただいています。
 
2002年に始まった 「商学部異分野インゼミ研究報告会」 に似た主旨で行われますが、参加ゼミの全てがマーケティングという共通の分野を専門としているので、また違ったプレッシャーと戦うことになるのが特徴です。
 

小野ゼミにとっての位置付け



 小野先生の在外研究期間中に始まったこの報告会に対して、小野ゼミは、下記の3つの目的のために、2007年度(第5期)から参加させていただいています。
3年次秋学期の共同研究プロジェクト(三田祭研究)の成果を他ゼミの先生・ゼミ生に評価いただけるよう、より高いモチベーションを持って、3年次春学期の学習成果の集大成たる論文を執筆する。
口頭研究発表の場として位置づけ、プレゼンテーション能力の向上を図る。
対外的な交流の場として位置づけ、ゼミの知名度やゼミ生の社会性の向上を図る。

  「商学部四分野インゼミ研究報告会」 と並ぶ三田祭研究プロジェクトの口頭発表機会として、小野ゼミでは、2007年 (第5期) からは、独立した研究プロジェクト・チーム、「マーケティングゼミ合同研究報告会」担当三田祭研究プロジェクト・チーム、通称「マケ論」チームが立ち上がり、他チームと同じく三田祭にてパネル発表を行うとともに、このチームがゼミを代表して「商学部マーケティングゼミ研究報告会」にて口頭発表を行うことになりました。

2021年度の小野ゼミの研究テーマ



2種類のアニメ聖地巡礼動機
           ―社会的疎外感に着目して―」
 近年、アニメ作品に関連した土地を訪ねる「アニメ聖地巡礼」という行動が見られる。既存研究は、人との繋がりの構築がアニメ聖地巡礼動機であると主張してきた。しかし、この主張は、巡礼者が抱いている社会的疎外感、および他者との交流が苦手な種類の巡礼者の存在を捨象している。本論は、互いに異なる主体からの社会的疎外に直面している2種類の巡礼者を識別し、2類のアニメ聖地巡礼動機が巡礼意図の強さに及ぼす影響を探究する。

研究経過報告


June

 6月、テーマが決まるまでしばらく時間を要したが、候補が絞られ私たちはひとまず安心していた。先輩方から三田論は毎年何かしら困難にぶち当たると聞いていたのである程度の覚悟はあったが、心のどこかでテーマさえ決まれば調査も分析方法も執筆も後はどうにかなるだろうと考えていた。しかし、私たちにとって未知の領域であるオタクのアニメ聖地巡礼というテーマにこれほど苦しめられるとは思っていなかった。この未知の領域に踏み入れるため、アニメ聖地巡礼、あるいはオタクに関する既存研究を読み漁る事から、私たちの夏休みは幕を開けた。丸山

July

 外ではセミが鳴き始め、いよいよ外の世界が鮮やかな太陽に照らされ始めたころ、僕たちの心も晴れやかな状態からスタートした。順調にテーマが決まり、このままスムーズに何事も進んでいくだろうと考えていた。しかしながら、現実はそう上手くは行かなかった。自分たちの仮説を立てるために必要な核となる論文探しが難航したのである。
 
毎日何本もの英語の論文を読み、内容を理解した上で毎晩八時に始まるzoom会議にのぞむ。多くの時間をかけて論文を読んできたのに、実際に自分たちの研究への活用が見出せそうなものはほんの一握り。ウキウキでカブトムシをとるわなを仕掛けて、それを見て回ってはカブトムシがかかっていないことを確認してがっかりする。そんな気分だった。
 
世間では明るい太陽のもと、たくさんの人が夏らしいことをしているのに、僕は一人冴えない顔をして、部屋の中で論文を読む。心にチクチクとダメージが蓄積していった。鈴木

August

 
8月になり、本格的に夏が到来し、密ゼミという1つの中間地点が見えてきた。密ゼミのある8月末に向けて、論文を読み漁る日々が続いた。いくつかの核論文候補を読み、さらに、関連する論文をひたすらに読んだ。ようやく、13期の先輩方の論文を核論文に据える、という方向性が決まったのもつかの間、次は仮説という高い壁が立ちはだかった。
 
夏休みとは、名ばかりのゼミ漬けの日々だった。毎日、同期で集まり、先生と相談する、その繰り返しだ。核論文をもとにどのような方向性で進むのか、手探り状態のまま、毎日が過ぎていった。8月も後半に差し掛かって、ついに仮説の方向性が決まった。仮説が決まってからは、調査や分析の手法といった研究内容をより具体的に詰める作業に入った。
 
分析や既存研究レビューのために、またもや論文をひたすらに読んだ。密ゼミでの発表資料作りも含め、怒涛の1週間であった。なんとか資料を作って、密ゼミを迎え、私たちは8月を走り抜けた。神谷

September
 
8月に仮説が決まり、この勢いのまま順調に論文活動が進んでいくと思っていた9月、そんな私たちの前に立ちはだかったのがマルチレベル分析だった。
 
私たちが用いようとしていたマルチレベル分析は、小野ゼミでは今まで一度も用いたことがなく、私たちはまずマルチレベル分析を正確に理解することから始める必要があった。
 
マルチレベル分析が用いられている論文をひたすら読み漁るが理解ができない、SASでマルチレベル分析を使った研究を探すが見つからない、何日も何日も調べるのに一向に先に進まない状況に、私たち19期は途方に暮れた。
 
PCに「ま」と打つと予測変換の欄がマルチレベル分析関連の文言で埋め尽くされるほど調べに調べた頃、小野先生や大学院生、18期の先輩方のご助言もあり、マルチレベル分析についてようやく、少しずつわかるようになっていった。
 
しかし、マルチレベル分析のプログラム文が見つからない、見つかっても意味が理解できない、データをどのように入力すればいいかわからない。少し進んだと思えばすぐさま立ちはだかってくる別の大きな壁に、私たちは本当に理解できる日が来るのだろうか、論文は終わるのだろうかと、様々な不安を抱えながら必死に食らいついた。
 
調査に使う質問項目の作成や、翌月の頭に迫った中間発表の準備と並行しながらプログラム文の解読に励んでいたある日、冨江が覚醒した。プログラム文の意味を解読してみせたのである。プログラム文の意味を丁寧に説明してくれる彼を見ながら、感動した、驚いた、嬉しかった、いろんな感情が湧き出てきた。
 
分析という大きな壁を乗り越えた私たちは、いつの間にか9月を終えていた。三浦

October

 夏休めなかった夏休みが終わった。
 
それと同時に、小野ゼミ生活で最も忙しいと言われる、三田祭前の10月が始まった。
 
データ分析のための街頭調査、マケ論に向けた資料作成、三田祭がタイムリミットである論文執筆活動。
街頭調査で20連敗を喫し、喜多村は憤った。
資料作成で大量のコメントをもらい、神谷はやや憤った。
論文執筆で先生から「破壊的なコメント」をもらい、冨江の目は死んだ。
 
何もかもがうまくいかない中、神は冷酷哉、さらなる不幸が私達を襲った。
なんと、19期始動から滑り知らずであった喜多村・鈴木のギャグがドン滑りするようになったのである。
 
辛く、長く、静かな日々が続いた。しかし、私達は戦わなければならなかった。大切なのはどこにいるかじゃなく、8人でいることなのである。
 
街頭調査、資料作成、論文執筆、その全てを19期全体でやりきることことを目標に、私達は勝負の11月へと足を踏み入れた。喜多村

November

 とうとう三田祭の
11月がやってきた。しかし、私たちの三田論は、課題が山積みであった。
三田論の執筆は、スケジュール通りになかなか進まず、かなり追い込まれていた。対面ゼミとなったこともあり、20時までは先輩にお付き合いいただきながら教室で執筆を進め、その後はガストでその続きをするというのがお決まりの流れとなった。
 
一方で、私たちはもう一つの壁に直面していた。三田論の肝心の分析が、成功しないのである。希望を持って採用したマルチレベル分析は、本研究では望むような結果が出ない、と諦めた。その後採用した二元配置分散分析もうまくいかず、分類の仕方を変えてもうまくいかず、私たちの苦悩は続いた。しかし、ある日のガストでの作業で、重回帰分析が成功したのである。私たちは、その日から重回帰分析と共に歩むこととなった。
 
とうとう三田祭当日がやってきた。しかし、私たちの三田論の執筆はまだ終わらない。先輩方にzoomに参加していただき、夜通しで三田論執筆を続けた。先生にもお付き合いいただき、何度も添削していただいた。三田祭の期間だけで、三田論の提出で繰り返したメールは、優に20を超えた。そして迎えたマケ論当日。できあがらない三田論を片手にした私たちは、発表までに三田論を完成させ、発表を成功させることができるのだろうか…?長谷川


発表会当日のスケジュール



報告会日時1121日(日13:40-17:00
報告会会場:三田キャンパス南校舎5階 南校舎ホール

タイテーブル:
印刷可能なタイムテーブル→
13:40 開会式 報告会開会の辞 (高橋先生)

13:50 開会式終了

13:55 小野晃典研究会研究報告        
14:15 質疑応答(高田ゼミ生・小野ゼミOB高木様・高橋先生)

14:40 高田英亮研究会 研究報告
15:00 質疑応答(高橋ゼミ生・高田ゼミOB耕田様・小野先生)

15:20  休憩(10分)

15:30 高橋郁夫研究会 研究報告
15:50 質疑応答(小野ゼミ生・高橋ゼミOB安西様・高田先生)

16:10 閉特別ゲストより総括のお言葉 (上木様)

16:20 休憩・閉会式準備

16:25
閉会式 (小野先生・高田先生)

発表会当日の模様

  1121日、マーケティング合同報告会(マケ論)が行われた。今年は昨年に引き続き19期全員で1つの論文を執筆したため、19期一丸となってマケ論に挑むこととなった。 約半年間という長い月日を超えて、我々の努力の結晶を報告する機会を前に、興奮と緊張で胸が鳴りやまなかった。
 三田祭の個別ブース準備を終え、マケ論に向けて発表練習に勤しむ我々であったが、1つ重要なミッションが残されていた。それは、「三田祭論文の提出」である。
三田祭論文を、マケ論に参加くださる先生方やゲストの方々・個別ブースに来て下さる方々に届けるため、三田祭期間中であっても先生や大学院生・18期の先輩方にお力添えをいただきながら、がむしゃらに論文執筆活動を続けていた。三田祭論文の印刷が完了したのが、マケ論発表の1時間前。田町駅付近の印刷会社から猛ダッシュして会場に向かい、何とか先生やゲストの方々に論文をお渡しすることができた。
 
ただ、時間というものは、残酷なまでに我々に現実を突きつけてくる。開演の時刻が迫っており、発表直前に打ち合わせをすることができないまま、本番を迎えることとなった、、、。
 しかしながら、我々は自信をもって壇上へ登っていった。それは、マケ論に向けて、ゼミ内や
Zoomで何度も何度も発表練習を重ねてきた証であろう。全ての内容が伝わるように、、研究の魅力が押し出せるように、、。発表を成功させたいという強い思いをのせたパワポ資料がスクリーンに映し出され、マケ論の幕が上がった。
 こうきの「こんにちは、小野晃典研究会です!」というアナウンサー顔負けの美声で全聴衆を虜にし、幸先のよいスタートを切った。その後、きよの、るい、ともや、まるちゃん、私、すずね、あいりと、堂々とした発表が続いた。続く質疑応答に関しても、るい、ともやを中心として、毅然とした態度で受け答えを行った。発表を終え席に着いた後も、なぜだか胸の高鳴りが止まらなかった。今まで生きてきた中で、こんなにも充実した
20分が存在したであろうか。
 発表を終えた我々に、小野先生から「大成功だったね」とお褒めの言葉をいただいた。今日この日に至るまでの全てが報われたような気がした。
 最後に、論文の完成と発表の練習に最後までお付き合いくださり、どんな時でも我々
19期を支えてくれた小野晃典先生を始め、大学院生の方々、18期の先輩方に厚く御礼申し上げたい。そして、約半年間、苦楽を共にしてきた19期の同期には、本当に感謝してもしきれない。これからも、19期らしく励まし合い・笑い合いながら、みんなで活動に取り組んでいこう!!冨江
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高橋先生による開会の言葉です!
発表の開始です!
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完璧な発表!
堂々としています!
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かっこいい
仮説パートもしっかりと!
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我らが三田論代表!
落ち着いていました!
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楽しそう
高木様がコメントしてくださいました!
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都竹さんの鋭いコメント!
高木様ありがとうございました!
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小野先生の締めの言葉
高田先生からの締めの言葉も!
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無事成功できたのは小野先生はじめ皆さんのご指導のおかげです。
ありがとうございました。

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研究を
終えて

井上 岳哉
 四分野インゼミの発表を終え、三田論の活動を終えた今、清々しい達成感を抱いている。この達成感を得られたのも、6月から始まったあの格闘の日々があったからだろう。私は、他の同期のように、正しく論文を書くことも、論理的に考え案を出すこともできず、常に助けてもらっていた。微力ながら尽力した三田論について、少し振り返りたいと思う。
 
6月、まだ距離のある私たちは、核論文を探す、という三田論執筆の1段目を上った。しかし、この1段目というものが非常に高く困難であった。右往左往しながら、ようやく13期の先輩方の論文を核論文と据えたころには、梅雨があけ、夏に入っていた。
 
夏休みにはいったとて、三田論活動は休みに入らない。核論文が決まってからも苦闘の日々が続いた。「どのような仮説が立てられるのか」「論理的な主張であるのか」「既存研究では何が述べられているのか」等々、考えるべき点はいくつもあった。8月末の密ゼミに向けて、私たちは走り続けた。
 
さらに、季節が変わり、秋学期が始まると、実験という壁が立ちはだかった。心強い同期が、秋葉原での調査で苦戦しながらも、実に300人弱のアンケート調査を成し遂げてくれた。
 
実験と同時に本文の執筆も始まり、日本語の書き方を一から学ぶことになった。日本人として日本語を使ってきたものの、論文として適切な日本語をかけず、無力さを実感した。
 
このように、時間に追われながらも、三田論を書き上げたという経験は、何にも代えがたい体験であった。この経験から、私は、2つのことを学ぶことができた。1つは研究の楽しさであり、もう1つは、同期の頼もしさである。どちらとも、小野ゼミの環境のおかげで学ぶことができたと思う。この長期間の活動を通して、自分が素晴らしい同期、先輩、先生に恵まれたことを実感した。
 
最後になるが、この場にて再度謝辞を述べたい。
小野先生、院生の先輩方、18期の先輩方、そして19期同期、本当にありがとうございました!

森 直也
 長い。長かった。6月からの三田論執筆活動が、今、終わりを迎えた。
 
まずは、三田祭論文活動の期間中、様々なアドバイスをくださった小野先生、院生の先輩方、18期の先輩方、そして、長く、辛く、しかしかけがえのない時間を一緒に過ごした同期のみんな、本当にありがとうございました。
 
恐らく、三田論活動の思い出については、私の真面目なゼミ同期が事細かく記述してくれると思うので、私は、私らしく、「三田論執筆活動を通じて、私が学んだもの」について、この場を借りて書き残したい。
 
この壮大な三田論活動を通じて、私が学んだこと。
 
それは、自分の無能さである。私は、無能だった。私は、これまでの人生において、何においても基本的には私自身、満足が行く結果を残してきた。そのため、心のどこかで、「私は有能」という、根拠の無い自信があった。
 
しかし、私は、分析を手伝えない。執筆を担当した部分には先生からの「破壊的なコメント」。街頭調査に出かければ、協力を断られる度に同期に愚痴。こんな私は本当に有能なのか?三田論活動中、私は何度も自身に問うた。
 
そんなある日、私は所属していた中学サッカー部監督の言葉を思い出した。「努力と才能は足し算じゃない、掛け算なんだ。」という言葉。「努力しないやつは結果を残せないし、才能のないやつは何をしても駄目だ。自分が持っている、努力するべき才能を見つけなさい」という言葉。このあと、私は無事、自分にサッカーの才能がないことを自覚し、自分の将来について真剣に考えるようになっていく。
炎天下の夏の日だったと思う。
 
全くゼミに関係の無い思い出なのに、ふと、思い出したのである。汗を流しながら走ってたあの頃の私と、室内で飲み物を片手にPCにガンを飛ばしてる私。全く状況は違うけれど、本質は同じなんだ、と感じた。「掛け算」ってことを、忘れていたな、と思った。無能な私は、才能があると盲信するだけじゃだめなのである。才能があると盲信しながら、努力をしなければならないのである。
 
今、私は、同期や先輩方、先生の協力もあり、素晴らしい論文を書ききることができたと自信を持って言える。ここまでやりきれた私は、きっと、才能がある。「何かをやり切る才能」だろうか。「盲信する才能」だろうか。「有能ぶる才能」は多分あると思う。
 
とにかく、三田論活動を通じて、私は、私自身に、「努力するべき才能」があることを学ぶことができた。ありがとうございます。
 
真面目な同期に三田論活動そのものについての記述は任せてしまったために、私はこの場を借りて、「私が学んだこと」という、誰にとっても何の役にもたたない話をしてしまった。しかし、8人全員が真面目な話をしても、面白くはないだろう。
 
小野ゼミ19期の三田論活動に関わってくれた全ての方々へ、本当にありがとうございました!
 
そして何よりも三田論期間中に心を強く持ってボケ続けた私へ。
お疲れさまでした!

井原 真衣
 自分の弱さを痛感し、なんとかそれを克服して「強い」人間になる。三田論執筆中はそんなことばかりを考えていた。中学、高校とゆるい部活に入ってのうのうと過ごしてきた僕は、厳しい経験を経て得たものが今までないということに漠然とした不安を持っていて、その不安感に自分の心が耐えられなくなっていたことが、小野ゼミに入ったきっかけだった。
 
しかしながら、辛いことを乗り越える覚悟を持って小野ゼミに入ったにもかかわらず、降りかかる現実は想像を遥かに超えるものだった。論文執筆中に辛い局面は幾度となくあったが、その中でも特に大きく立ちはだかった壁は、2章の執筆だった。2章では、今までなされてきた研究を上手にまとめ、自分たちが唱える主張を展開するための基礎になる部分だ。はじめは、「今までの論文で言われてきたことをまとめるだけの楽ちん作業だろ」と高をくくっていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。異なる分野でなされている研究の要素を、うまく1つの主張にまとめることができない。どれだけ頭をひねって考えて構成を考えて見ても、先生が納得してくださるような文章にすることができない。自分の思考の浅はかさと、無常にもすぎていく時間に対してやり場のない怒りを抱えていた。
 
そんな中、常に僕の周りにいたのは頼もしい同期、先輩たち、そして小野先生だった。なかなか論文の執筆がうまくいかずに、僕の心が荒んでいた時にも、ZOOMを接続すれば、分析や他の章の執筆など、やらなければならないタスクを黙々とこなす同期の姿があった。
 
特にトミーは、データ収集から分析、執筆まで全ての段階に携わっていた。誰よりも頭と体を動かし続けた彼の姿は、世界で一番かっこいいとさえ思った。
 
また、幾度となく先輩にも助けてもらった。僕たちがつまづいて、解決策を模索している時、必ずそばに先輩たちの姿があった。自分の時間をさいてまで、後輩の論文執筆のサポートに尽力する先輩たちは、私の憧れです。そして、誰よりも私たちの論文執筆を気にかけてくれたのが、小野先生だ。どんなにお忙しい時でも、いつも私たちのそばで貴重なアドバイスをくださいました。本当にありがとうございました。
 
ミスチルが、「高ければ高い壁の方が、登った時気持ちいいもんな」と歌っていた。同期、先輩、先生方と小野ゼミ一眼となって、三田論執筆という高い高い壁を、無事に登り切ることができたのである。三田論という壁を一つ登りきり、見えたものがある。それは、なぜ先輩や先生があんなにも優しいのかということである。それは、さまざまな困難を通じて培ってきた「強さ」があるからこそ、誰かに惜しみなく優しく接することができるということである。あと数ヶ月すれば、僕もゼミの中で先輩になり、1年経てば社会人になる。三田論を通じて、ほんの少しは強い自分に成長できた気もするが、まだまだだ。三田論での経験を糧に、これからも数多くの困難を乗り越えて強い人間になれるよう、頑張っていきます。

井原 真衣
 三田論後記執筆に際し、約半年間の三田論活動の日々を振り返ろうとすると、筆がなかなか進まない。それは三田論活動の日々を思い出そうとすると、様々な感情で埋め尽くされるからである。
 
右も左もわからない論文執筆活動における代表経験、膨大な英語論文漁り、新たな統計解析手法への挑戦、何日も何時間も続けた街頭調査・・・etc
 
活動において、辛く挫けそうになった瞬間は数知れない。
 
みんなで集まっているのに活動に進捗が生まれない。どのようにチームをリードしていけばいいのかわからない。思い悩み眠れない夜を過ごしたり、タスクの割り振りが偏ってしまいメンバーに迷惑をかけてしまったり。心配性である私にとって、この約半年間の中で三田論の事を考えなかった日は一日もなかった。まじで。
 
このような日々の中でも、心が折れることなく研究活動を続けることができたのは、間違いなく第19期の仲間がいたからに他ならない。一人一人に謝意を述べたい。

あいり
あいりの資料作成能力とか、相手にまっすぐ物事を伝えられる部分に、何度も救われてきた。あいりがいなかったら、三田論のポスターとか研究報告のスライドとか、クオリティがめっちゃ低いと思うし、ゼミ外の人に研究成果をわかりやすく魅力的に伝えることができていないと思う。入ゼミも同時進行っていう大変な中で、人一倍責任もって多くの活動に取り組んでくれて本当にありがとう。

るい
るいがいなかったら、たぶんこのチームは、バリ“ネガティブ”集団になっていたと思う。春学期からずっと、るいの「なんとかなる」に救われてきた。不真面目そうに見えて、実はめちゃくちゃ真面目なところは、もうみんな知っているからね。率先して明るいチームの雰囲気を作ってくれて、率先して何事においても意見をくれて、日々の活動を活気づけてくれて本当にありがとう。

ともや
ともやがいなかったら、オンラインの活動の中でゼミ生同士の距離がこんなに縮まることはなかったと思う。それは、単にコミュ力があるからっていうだけではなくて、常に人の事をよくみて誰かが求めていることを叶えてあげようとする姿勢があるからこそ、為せることやなぁって。ともやがいたから、無視され続けた街頭調査を乗り越えることができました。本当にありがとう。

すずね
すずねは、全塾・商ゼミで膨大にやることがある中で、辛いそぶり1つ見せずに三田論の研究に積極的に取り組んでいて、その精神力にまじで尊敬しています。すずねがいなかったら、統計分析の時の俺の目は死んだ魚のまま()だったし、分析がここまでうまくいかなかったと思う(きつい分析の時に仕切ってくれたり、意見をまとめてくれたりしてまじでヒーロー)。常に前を向いて頑張る姿に何度も救われた。本当にありがとう。

まるちゃん
まるちゃんは、常に周りに気を配っていて、その気配りの範囲の広さには脱帽でした。まるちゃんがいなかったら、日々の議事録もすかすかで三田祭論文の書式もぐちゃぐちゃで、いまだに活動が終わっていないと思う。三田論の編集長引き受けてくれてまじで助かった。周りが気づかないようなところにも素早く気づいて、率先して取り組んでくれて本当にありがとう。

こうき
こうきは、まじで常に全体を見渡して三田論代表か?と思うくらい全体の流れを把握していてめっちゃ救われた。タスクを振っても、嫌な顔一つせず一緒に取り組んでくれて本当にありがとう。マルチレベル分析のプログラム文を共に解読したときの感動は今も忘れません(適用できなかったけど)。こうきがいなかったら、途中で代表を投げ出していたかもしれん。研究のことだけじゃなく精神的にも救ってくれて本当にありがとう。

きよの
我らがゼミ長きよの。きよの、本当に支えてくれてありがとう。数か月の計画を一緒に立てたり、毎日のTODOを確認したり、今後のゼミの方針を考えたり。きよのがいなかったら、論文だけじゃなくて毎日のゼミ活動がこんなに円滑に進んでいないと思う。論文・入ゼミ・本務、、。あらゆる活動を支えてくれて、あらゆる代表に寄り添ってくれて本当にありがとう。

誰も欠けずに、誰も諦めずにいたから、約半年間という長い日々を駆け抜けることができたのだと心の底から思う。素晴らしい同期に恵まれて私は幸せ者だ。
 
また、論文活動を通じて研究の事だけでなく、これから社会に出る人として様々なご指導をくださり、どんなにお忙しいときでも19期のことを気にかけ我々を導いてくださった小野先生、本当にありがとうございました。活動を終えた今、人間としての幅が広がったように思います。
 
そして、壁にぶつかるたびに、様々な助言をくださり、時には夜を徹して寄り添ってくださった大学院生の先輩方・18期の先輩方、本当にありがとうございました。今度は我々19期が来る20期を支え、寄り添えるよう尽力します。
 
小野ゼミという素晴らしい環境に身を置くことができたから、“研究の日々”を“自信”に変えることができた。三田論活動は間違いなく、私の人生の糧となるだろう。

井原 真衣
 今、私はこの三田論後記を、PCの「分析」と名付けられたフォルダを見ながら書いている。このフォルダには、SASの分析結果のpdfが大量に保存されている。ファイル冒頭の日付を見ると、約2ヶ月にわたり毎日のように分析をしているのである。私にとって、三田祭論文とは分析との戦いであったといっても過言ではない。
 
三田論に取り組む前、私は統計というものから逃げてきたと思う。今だからこそ言って良いと思うが、分析班に振り分けられた時、ちょっと嫌だなーと思ったのを覚えている。数字ばっかりだし(当然)、なんかよくわからない記号とかあるし…自分に分かるわけない!と思っていた。
 
実際、分析が始まった当初は全然力になれていなかった。分析班が最初取り組んだのは、マルチレベル分析の解読であったが、これはとみーとこうきの功績である。彼らはめちゃめちゃすごい。わからない、となっても諦めず、プログラム文を一つ一つ調べて、それをもとに解読したのである。
 
この出来事は私にとって衝撃が大きかった。マルチレベル分析のプログラム文の意味を、とみーが一つ一つ教えてくれたのだが、統計のプログラム文はちゃんと意味のある言語なのだ、ということを本当の意味で初めて理解した瞬間であった。
 
マルチレベル分析を解読すれば、あとは難しいことはないだろうと、あの頃の私は愚かにもそんなことを思っていたのである。「分析で難航するのは毎年のことだからね」という先輩方の言葉通り、私たちも分析について大変苦労をした。
 
マルチレベル分析がうまくいかないことが判明、重回帰分析や分散分析など多数の分析を繰り返した。その度に表れる仮説を支持しない分析結果、SASの謎のエラー文、謎に出力された表など…。私たちだけで解決できないことも多く、小野先生や大学院生の先輩にはたくさんご助言をいただいた。小野先生には週に何度も相談に乗っていただいた。大学院生の先輩には、とみーを中心に何度も長文LINEを送った。先生も、先輩方も、とても密に、丁寧に教えてくださった。小野ゼミがどこよりも恵まれた環境で研究をできる、ということを実感した。
 
今振り返ると、分析の時間は苦しくもあったが、とても楽しい時間だった。事実、私のスマートフォンを見ると、空き教室で分析をしていた時の写真が残っているが、どれもみんな楽しそうだ。苦しいと言いながらも、一緒に悩んでいるみんながいたから、苦しくも一緒に乗り越えられたと思う。この場を借りて、分析を共に悩み続けた3人に改めて感謝!ありがとう!!!!!(個人個人に宛てて書こうかなーと言っていたが、泣かせるのは本意ではないので()割愛)
 
三田論執筆は、小野ゼミの良さを真に知った時間であった。どんな細かいことも親身になって教えてくださり、また三田祭の当日には深夜まで付き合ってくださった18期の先輩方。分析だけでなく、論文の文章まで丁寧に見て下さった大学院生の先輩方。そして何より、長期間、長時間にわたりご指導くださり、私たちの論文を最高の状態に導いてくださった小野先生。本当にありがとうございました。
 
そして一緒に三田論執筆をしてきた同期のみんなありがとう!!!
 
これからも、完成した三田論の素晴らしさを誇りに、未来の後輩たちへの指導に力を入れていくと同時に、卒業論文に取り組んでいく所存だ。

井原 真衣
 三田論執筆活動は振り返ってみるとあっという間であった。
 
三田論のテーマがオタクの聖地巡礼に決定した時は不安しかなかった。明確に三田論で扱いたいテーマがあったわけではないが、先輩方の三田論のテーマのようにどんな業界でも通じるようなテーマになるだろうと考えていた。オタクの聖地巡礼のいうテーマは対象範囲が狭く受け入れられないのではないか、オタク文化に詳しくない人にも論文の価値が分かってもらえるのか、そもそもオタクの聖地巡礼の知識が少ない自分が扱えるものなのかなどと1人悶々としていた。テーマが決まった後、既存文献をあさり知識を蓄えたはいいものの、納得のいく仮説がなかなか見つからなかった。仮説を確定してからも、適当な分析方法を見つけ出すのにかなりの時間をかけてしまった。該当調査では、対象にしたいオタクを捕まえるのに苦労した。執筆は上手な文が書けず三田祭が始まってもまだ完成しなかった。本当に上手くいかない事ばかりであった。
 
そんな私達を小野先生や大学院生の方々、18期の先輩方には何回も助けていただいた。忙しい中時間を割いて最後まで私たちを見捨てずに支えてくださった小野先生、何も分からなかった私たちを豊富な知識で助けてくださった大学院生の方々、卒論に追われながらも常に目をかけてくださった18期の先輩方には感謝してもしきれない。
 
やっとの思いで完成した三田論が胸を張って誇れるものだと実感したのは、四分野インゼミの時だった。発表と質疑応答を終えた時、あれほど苦しかったのに三田論活動が終わってしまうことに寂しさを覚えた。そして、オタクの聖地巡礼をテーマに選択したのは間違っていなかった、三田論活動をしてきてよかったと心の底から思った。きっと何年経っても忘れないだろう。
 
三田論活動を通して改めて身に染みて感じたのが、同期に恵まれているということだ。今まで誰も欠けることなく、全員がさぼらずに貴重な夏休みを返上し、三田祭期間も徹夜して活動に注力し続けた。特に仲違いも起こさず「みんなでやろう」というスタンスは最後まで崩れなかった。この8人でなかったなら、こんなに誇りとなるような論文は書けなかったし、充実した三田論活動を送れたとは思わなかった。同期のみんな、本当にありがとう。感謝の言葉を何回言っても足りない。

井原 真衣
 春学期から始まった論文活動が、ようやく終わりを迎えた。
 
論文活動に費やしたこの半年間は、これまでで最も困難にぶつかった半年間であった。
 
中でも、一番の困難は分析だった。分析に取り掛かる前、私は、分析はプログラム文にデータを入力したらすぐできるだろうぐらいの気持ちでいた。しかし、蓋を開けてみると、自分の考えが超がつくほど甘かったことに気付かされた。
 
プログラム文を探し、それを解読し、集めたデータを入力する、どの段階においても思うようにいかず、先が見えなかった。毎日のように同期とZoomを繋ぎながら、ひたすら調べ、ひたすらデータを入力するものの欲しい情報、欲しい結果が得られない、そんな生活が続く中で、もうパソコンを開きたくないと何度も思った。私を含め、日に日に活力がなくなっていく同期の顔を見ながら、ちゃんと分析は成功するのだろうか、論文は完成するのだろうかと様々な不安にも襲われた。そのため、分析が上手くいったとき、そして、論文が完成したときの、今までに味わったことのないような達成感は忘れられない。また、様々な困難の中、全員でそれを乗り越え、誇れる論文を作り上げられたことは、私にとって非常に大きな自信になった。
 
しかし、小野先生や大学院生の方々、18期の先輩方のご指導がなければ、論文を完成させることはできていなかったと思う。小野先生には、夏休みや休日にまで、何度も相談会を行っていただき、何時間にもわたって丁寧なご指導をしていただいた。さらに、三田祭の日には、翌日に学会の予定があるにもかかわらず、朝まで添削にお付き合いしてくださり、本当に感謝してもしきれない。また、大学院生の方々には、私たちが分析に躓くたびにたくさんのアドバイスをしていただいた。そして、18期の先輩方には、何度も添削をしていただいたり、時には、夜遅くまでZoomに入ってアドバイスをしていただいた。こんなにも恵まれた環境で活動をすることができ、本当に感謝しています、本当にありがとうございました。
 
最後に、同期のみんな、こんなにいろんな壁にぶつかりながらも、この半年間が楽しかったとすら思えるのは、同期のみんなのおかげです。論文活動が終盤に差し掛かったころには、もう少ししたら毎晩のようやっている同期とのZoomもなくなるのかと思うと少し寂しくなったりもして、本当に良い同期に出会えたなあとしみじみと感じました。本当にありがとう。
 
思い返せば、日吉でのんびりと過ごす生活に飽き飽きし、充実した生活を送りたいと飛び込んだ小野ゼミ、ここでの半年間の論文活動は、たくさんのものを得ることができ、想像していた以上に刺激的で充実した毎日だった。今後は、この論文活動で培ったものをあらゆる場面で活かしていくとともに、私たちが先生や先輩方に与えていただいたものを次は後輩に与えていけるよう活動に取り組んでいきたい。

井原 真衣
 半年間にわたる論文執筆活動が終了した。
 
半年間チームで濃密な時間を過ごす中で、私は、当事者意識の重要さを痛感した。チームで活動していくためには当事者意識が重要だ、なんてことは当たり前だと考えていたが、実際に常に当事者意識を持っていようとすることは、想像以上に大変なことであった。なかなかうまくいかない分析結果と何時間も向き合い続ける生活を何週間も送っている時には、正直、分析班から外れたい…と思ってしまうこともあった(でも分析班で過ごす時間は最高に楽しくて大好きでした)。細かい書式ミスを血眼になって探している時には、何度繰り返し読んだか分からない論文を前に、意識が飛びそうになってしまうこともあった。しかし、「自分が絶対に分析を成功させる」、「自分が絶対に書式ミスを見つける」などの「当事者意識」を持っていたから活動を続けられたし、同期もその意識を持っていたから三田論を完成させられたのだと思う。もしも当事者意識をもっていなかったら、途中で投げ出していたかもしれない。論文執筆活動では、チームで動く上で最も大事なことの1つを学ぶことができた。
 この半年間の活動は、上記のような学びを得られる貴重なものであったと同時に、私にとって非常に楽しいものであった。もちろん、大変なことは数えきれないほどあった(サブゼミから通して12時間連続でSASを回し続けたこと、どの分析手法を使っても欲しい結果が得られなかったこと、24時間Zoomをつなげたまま修正作業を行ったこと…まだまだ大変だったエピソードはある)。しかし、これらの活動が精神的に辛くならなかったのは、ひとえに同期のおかげだ。辛い状況でも弱音を吐かず、むしろ全体の雰囲気を盛り上げようとすることができる素敵な同期に囲まれて、私は幸せ者だ。この場で一人一人に感謝を伝えたい。
 我らが三田論代表トミー。半年間、三田論代表としてチームを引っ張ってくれて本当にありがとう。トミーの計画性や真面目さがなかったら、論文を完成させることはできなかったと思います。三田論代表とゼミ長として、ゼミの進め方について、トミーとは話す時間がすごく多かったけれど、お互い心配性なおかげか、すごくやりやすかったです。トミーもすごく大変なのに、いつも精神面とか体調面で心配して沢山声をかけてくれて、本当にありがとう。トミーもしっかりと休んで、目を生き返らせてください!

愛理。スライド作りをメインで担ってくれてありがとう。ぜひ素晴らしいスライド作りの方法を学ばせてください!

留衣。いつも前向きな発言をしてくれてありがとう。留衣の何とかなるだろ精神に、19期は何度も救われました!

智也。三田論期間中も外務と入ゼミのお仕事が沢山ある中、全てをそつなくこなしていて、本当にかっこいいなぁと思っていました!同期に智也がいてくれて心強いです、ありがとう!

鈴音。鈴音には悩みをとにかく全て聞いてもらって、本当に本当に救われました。感謝してもしきれません、ありがとう。もう目を見るだけでお互いの言いたいことが分かるね笑。あと、商ゼミのお仕事も忙しい中、分析をリードしてくれて本当に助かりました!ありがとう!

丸ちゃん。三田論副代表、三田論冊子編集長を担ってくれてありがとう。特に、三田論冊子の編集はめちゃめちゃ大変だったのに、細かいところまでずっと調整してくれて感謝で一杯です。

公暉。全てにおいてありがとう。三田論開始前は事務連絡以外話したことがないくらいだったけど、三田論では執筆箇所も分析班も一緒だったし、三田からの帰り道もずっと一緒なので、今ではすごく仲良くなれて嬉しいです!色々悩んでいた時、帰り道の公暉との会話に何度も救われました!いつも私のくだらない言動に笑ってくれて本当にありがとう!

 最後になりましたが、私たちが三田論を完成させることができたのは、小野先生、大学院生の先輩方、18期の先輩方のご指導があったからです。小野先生には何度も相談の機会をいただき、何から何までご指導いただきました。小野先生のようなゼミ生思いの方のもとで学ぶことができて、私は本当に幸せ者です。ありがとうございました。大学院生の先輩方には分析に関して多くのご助言をいただきました。中々上手くいかない分析に対して、私たちと同じかそれ以上に真剣に向き合ってくださって、本当にありがとうございました。18期の先輩方は常に19期の進捗を気にかけてくださり、Zoomにも沢山ご参加くださいました。突然のお願いにもかかわらず、長時間に渡るZoomで何度もご指導してくださり、本当にありがとうございました。
 こうして改めて半年間を振り返ると、自分の「圧倒的成長」を感じることができるように思う。この半年間の論文執筆活動を通じて学んだこと、得たものを大事にして、そして、周囲への感謝を忘れずに、これからもゼミ活動に励んでいきたい。



2022214

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