題字 「三田祭研究論文」
2020年度

・ マーケティングゼミ合同研究報告会とは
・ 小野ゼミにとっての位置付け
・ 2020年度の小野ゼミの研究テーマ
・ 研究経過報告
・ 発表会当日のスケジュール
・ 発表会当日の模様
・ 研究を終えて


2020年度マーケティングゼミ研究報告会研究論文(全文ダウンロード)
慶應義塾大学商学部 小野晃典研究会 第18期 (2020)
 「サービス・リカバリー戦略
           ―謝罪と感謝の効果の相違に着目して―」


マーケティングゼミ合同研究報告会とは



 慶應義塾大学商学部の華、商業学(マーケティング論)のゼミが集まって、三田祭研究の成果を発表しあうという企画が、「マーケティングゼミ合同研究報告会」 です。 小野先生の在外研究期間中の2005年に始まり、小野ゼミは、この報告会のための独自の共同研究プロジェクトを立ち上げた上で、再開直後の2007年(第5期)から参加させていただいています。
 
2002年に始まった 「商学部異分野インゼミ研究報告会」 に似た主旨で行われますが、参加ゼミの全てがマーケティングという共通の分野を専門としているので、また違ったプレッシャーと戦うことになるのが特徴です。
 なお、今年度は、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、
Zoomを用いてオンラインで開催されます。

小野ゼミにとっての位置付け



 小野先生の在外研究期間中に始まったこの報告会に対して、小野ゼミは、下記の3つの目的のために、2007年度(第5期)から参加させていただいています。
3年次秋学期の共同研究プロジェクト(三田祭研究)の成果を他ゼミの先生・ゼミ生に評価いただけるよう、より高いモチベーションを持って、3年次春学期の学習成果の集大成たる論文を執筆する。
口頭研究発表の場として位置づけ、プレゼンテーション能力の向上を図る。
対外的な交流の場として位置づけ、ゼミの知名度やゼミ生の社会性の向上を図る。

  「商学部四分野インゼミ研究報告会」 と並ぶ三田祭研究プロジェクトの口頭発表機会として、小野ゼミでは、2007年 (第5期) からは、独立した研究プロジェクト・チーム、「マーケティングゼミ合同研究報告会」担当三田祭研究プロジェクト・チーム、通称「マケ論」チームが立ち上がり、他チームと同じく三田祭にてパネル発表を行うとともに、このチームがゼミを代表して「商学部マーケティングゼミ研究報告会」にて口頭発表を行うことになりました。

2020年度の小野ゼミの研究テーマ



「サービス・リカバリー戦略
           ―謝罪と感謝の効果の相違に着目して―」
 サービスの失敗は、顧客の自尊感情を低下させ、サービスに対する満足度を低下させる。 既存研究においては、サービスの失敗に対する心理的補償として、謝罪よりも感謝が効果的であると主張されてきた。 しかしながら、彼らは、謝罪と感謝の特性の多様な相違点のうち、一側面しか考慮していない。 本論は、既存研究で見過ごされていた相違点に言及しつつ、謝罪と感謝それぞれがより効果的である場合を分つ、基準を識別する。

研究経過報告


Prologue

 6
月はじめ、私たちの論文活動はいよいよ始まった。 あの時の私たちは、先輩方から論文執筆活動の大変さを耳にしていたとはいえ、まあ何とかなるであろうと楽観的な気持ちが大半を占めていた。 まさか、夏休みに一度決まりかけたテーマから逃げ、9月の終わりに紆余曲折を経て元のテーマに戻ったものの、実験結果が出るまで仮説を確定できないなどという状況に陥り、マケ論直前まで苦しめられているとは…。

June

 
 各自英語論文を読み、ゼミに持ち寄って既存研究レビューを行うことから始まった論文執筆活動。 7人分のテーマが集まれば、三田論テーマの決定など容易いことであろうと考えていた。 しかし、それは呑気で浅はかな考えであった。 なぜなら、個性豊かな18期であるからこそ、それぞれの興味関心が想像以上にバラバラであったからである。テーマを1つに絞る作業がこんなにも大変なのかと、早速、論文執筆活動の困難さをまざまざと思い知らされた。

July

 一度で終わるかと思っていた既存文献レビューを、小野ゼミ
2カ月目の私たちからしたら異常とも思われる程のハイペースで繰り返し、はや3週間。 やっと一筋の光が見え始めた。 その光というのは、「ごめんよりありがとうのほうがいい」というおつむが弱そうな名前がつけられた、ある英語論文のファイルであった。 岳哉くんから送られてきたその論文をもとに、小野先生との相談会でレビューと仮説案を発表したところ、自分たちの手応えとは違い、先生は肯定的な反応を示してくださった。 あの時の私たちは、その論文や仮説案の面白さを理解できていなかったこともあり、正直言って、あの日の衝撃は、今でも忘れられない。 ゼミ終了後、同期の一部の間では、「本当にこの仮説で大丈夫なのかな…?」、「マイナスをゼロに戻す方法を考えるなんて、ネガティブであまり好きくないかも」なんて声も上がっていた。 しかし、夏休み前最後のゼミの「順調ですね」という小野先生の一言を信じ、ひとまずそのテーマに落ち着いた。 そして、そのまま夏休みに突入した。

August

 テストやレポート課題に追われる日々を終え、論文執筆活動が再開された。 始まるや否や、「テーマ考え直さね?」の声が至る所で聞こえた。 そして、「ごめんよりありがとうのほうがいい」のファイルにさよならを告げる覚悟を、全会一致で決めた私たちであった(数か月後に再会を果たすとはつゆ知らず…)。
 私たちが新たに目をつけた論文は
2つ、「口コミのスピルオーバー効果」と「ダブルメンタルディスカウント」に関する論文である。 そのうち、前者については、小野先生の筋肉を使ったユーモアのある例え話によって、一瞬でおさらばすることとなった。 一方、後者については、先生からの反応だけでなく、私たちの直観的にもこの論文でいけそうだと思い、「ダブルメンタルディスカウントよ、これからよろしく」と心の中で呟いたのであった。 それからしばらくの間、18期一同は、ダブルメンタルディスカウントとの濃い時間を過ごすこととなった。 初めの頃の私たちは、セールスプロモーションとメンタルアカウンティングという、最高に興味が惹かれるテーマにうきうきしていた。 今振り返ってみると、「ごめんよりありがとうのほうがいい」に取り組んでいた頃とは比べ物にならないほど、希望に満ち溢れていたように思う。
 しかし、そんな日々は、思っていたより長くは続かなかった。 先生に納得していただけるような面白い仮説は、なかなか生まれない。 さらに、私たちにとって手応えがあった仮説は、
17期の先輩方の論文の二番煎じに過ぎないのではないかと、私たちは後ろめたさを抱えていた。 それでも、良い仮説が生まれることを祈り、あがき続けていた。 そんなこんなで、あっという間に私たちの8月は終わった。

September

 夏の楽しさなど味わえないまま迎えた
9月。仮説がなかなか決まらない状況に、本格的に焦りを感じ始めていた。 その焦りから、少しでも早く結果を出そうと、私たちは、ある戦略を立てた。 それは、チームメンバーの多さを活かし、今までの仮説を練り続けるグループと、新たな可能性を求めて別の仮説を考え直すグループ、そしてかつての「ごめんよりありがとうのほうがいい」に再び対峙するグループに分かれて作業をすることである。 そして、ある日、各グループの成果を先輩方に見ていただいた。 その中でも、森さんからのフィードバックを受けて、私たちは、ダブルメンタルディスカウントに再び光を見出した。 時間的にも精神的にも、これが私たちにとっての最後の希望の光であった。 しかし、それでも易々とはいかないのが論文執筆活動なのであろう。 小野先生に仮説案をご相談させていただいた結果、ダブルメンタルディスカウントの核論文には、面白い仮説を立てる余地がないという結論に至った。 こういったわけで、とうとうこのテーマともおさらばせざるを得なくなった。 そして、2カ月半ぶりに、懐かしの「ごめんよりありがとうのほうがいい」と予想外の再会を果たしたのである。 3ゼミ合同中間発表まで残り十数日、果たして私たちは、それに無事間に合うのであろうか…。

October

 
10月、長いはずの夏休みもあっという間に終わり、いつの間にか大学の授業が始まっていたらしい。 しかし、ゼミ生のうち大半は、そんなものに構っている余裕など無かった。 10月を迎えてすぐに待ち受けている3ゼミ合同中間発表に向けて、私たちは、死に物狂いで資料作成にあたっていた。 なんとか資料提出の期限に間に合わせ、無事発表を終えた私たちであったが、課題は山積みであった。 マケ論での発表に向けて仮説を修正する必要があることに加え、早急に実験を成功させなければならなかった。 しかし、いくつものシナリオを考え、何度実験に臨んでも、思うような結果は得られず、苦悩の日々が続いた。 悩みの種はそれだけにとどまらず、度重なる不幸が私たちを襲った。 事前の連絡とは異なり、マケ論の資料提出の締め切りまで、2週間を切っていたことが判明したのである。 いくら雲行きが怪しくなろうとも、そんなことにはめげず、急ピッチで作業を進めていかなければならない私たち18期。 マケ論では納得のいく発表ができるのであろうか…。井原都竹


発表会当日のスケジュール



報告会日時1112日(木15:00-17:30
報告会会場:オンライン(
zoomを使用)

タイテーブル(撮影日):
印刷可能なタイムテーブル→
15:00 開会式 報告会開会の辞 (小野先生)

15:05 開会式終了

15:10 高橋郁夫研究会研究報告        
15:30 質疑応答(指定討論者: 高田先生・清水ゼミ生)

15:40 高田英亮研究会 研究報告
16:00 質疑応答(指定討論者: 清水先生・小野ゼミ生)

16:10  休憩(15分)

16:25 清水 聰研究会 研究報告
16:45 質疑応答(指定討論者: 小野先生・高田ゼミ生)

16:55 小野晃典研究会 研究報告        
17:15 質疑応答(指定討論者: 清水先生・高橋ゼミ生)

17:25 閉会式 報告会閉会の辞清水先生)

17:30 開会式終了

発表会当日の模様

  1112日、オンラインにて、マーケティングゼミ合同研究報告会(通称マケ論)が行われた。 例年は、関マケチームのみがマケ論に参加しているようだが、今年は、全員でマケ論に挑んだ。 なぜなら、18期全員で1つの論文を執筆してきたからだ。 約半年間、マケ論まで道のりは、長すぎるほど長いものであった。 そのため、研究の成果をようやく披露することができると思うと、非常に喜ばしかった。

  
6月、私たちの論文執筆活動が始動した。 この頃は、「7人もいれば、論文執筆活動なんて余裕だ」18期は皆そう思っていたであろう。 しかし、現実はそう甘くなかった。 私たちは、チームの人数の多さと言う点で、有利であるにもかかわらず、例年より進捗が芳しくなかった。 というのも、マケ論を2週間前にして仮説すら定まっていなかったのだ。 絶望している暇もなく、とにかく前に進むしかなかった。 ここから、怒涛の日々が始まった。 私たちは、毎日zoomに集合し、深夜まで議論を重ねた。 そして、小野先生や先輩方のお力も借り、なんとか仮説を立てることができた。 一息つく間もなく、大急ぎで、実験にとりかかった。 論理が通った仮説、うまくいくに決まってる。 そう思ったのも束の間、何度実験を繰り返しても思うような結果が得られないのである。 必死に立てた仮説は間違っていたのであろうか。 不安が私たちの頭をよぎった。 そうこうしているうちに、発表まであと1週間となっていた。 これが最後の実験。 絶対に結果を残さなければならない、つまり、後がない状況であった。 翌日、三田キャンに集まり、結果分析を行なった。 上手くいかないことの方が多かったということもあり、誰も結果に期待していなかった。 しかし、予想に反して、全ての仮説が支持される結果となったのである。 こうして、今までの苦闘が嘘であったかのように、私たちは、あっさりと実験を終えた。 残すは、私たちの研究の成果をいかに分かりやすく伝えるかということだけだった。 少しでも分かりやすい発表を目指して、小野先生をはじめ多くの先輩方のご指導のもと、発表の直前まで原稿や資料の修正を施し、練習を何度も重ねた。

 そうこうするうちに、マケ論の開始時間が近づいてきた。 私たちは、スーツに身を固め、
zoom上で円陣を組んだ。 「自信を持って発表しよう」、「頑張ろう」と声を掛け合ったあの瞬間、バラバラであった18期が、初めて1つになった瞬間であったように思える。 それだけで、半年間の努力が報われたような気がした。 小野ゼミの発表直前、小野先生から1通のメールが届いた。 「眠気を吹き飛ばす、元気なプレゼンを行ってください」、「声のトーンを一段階上げること、それと、言いたいこと、伝われ!と念じること、この2つだけがコツです」とアドバイスをくださった。 小野先生からのメッセージが嬉しく、18期一同思わず笑みがこぼれた。 そして、私たちは、先生からの愛のメッセージと研究の成果への自信を胸に、発表に臨んだ。 発表時間の20分はあっという間であった。 今までで1番といえる発表をできたのではないだろうか。 質疑応答もしっかりと受け答えをし、私たちの発表は無事終わった。 発表後、小野先生にも「自信を持って良い」とのお褒めの言葉をいただけた。 必死にもがき続けた半年間、私たちは、成長していたようだ。

 とはいえ、私たちは、まだまだ未熟者である。 小野ゼミ生と名乗れるレベルに達しているのだろうか。 先輩方に憧れたように、私たちも、後輩からそう思ってもらえるような存在になりたい。 胸を張って、
19期生を迎え入れることができるよう、これからも、18期生一同精進していく。

 私たちのテーマは、平たくいえば「ありがとうよりごめんなさいの方が良い時もある」ということであったが、最後は感謝の言葉で締めくくりたい。 小野先生を始め、大学院生の方々、先輩方無くして、マケ論の発表を無事に終えることはできなかったであろう。 この場を借りて、改めてお礼を伝えたい。マケ論当日まで様々なご支援をしてくださり、本当にありがとうございました。 これからも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。 そして、辛いときも楽しいときも分かち合ってくれた同期には、感謝してもしきれない。 このメンバーでよかったと心から思う。 ありがとう。 これからも、
18期らしく頑張っていこう

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小野先生による開会の言葉です!
飯井さんによる高田ゼミへのコメントです!
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Photoしゅうくんから小野ゼミの発表です!
次はあかりちゃんです!
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論文代表たかやくん!
まいです!
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実験パートはあいなちゃん!
最後はつづくくんです!
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Photoマケ論後、小野先生から
温かいお言葉を頂きました!
清水先生によるコメント・閉会の言葉です!
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参加された皆さん!お疲れ様でした!
清水先生によるコメント・閉会の言葉です!
無事成功できたのは小野先生はじめ皆さんのご指導のおかげです。
ありがとうございました。

その他の写真のダウンロードはこちらからどうぞ!



研究を
終えて

井上 岳哉
 私はすでに、三田祭論文の巻頭言でこの振り返りを済ませているので、今回は第19期以降の未来の小野ゼミ生に向けて、論文執筆活動の参考になるような話を書こうと思う。 彼らが、この記録を見て、活動の参考に、また反面教師にして、有意義な論文執筆活動をしてもらえれば幸いである。
 6月。 この時期は、海外の論文をあさり、関心のある論文の内容と考えてきた拡張点をパワポにまとめ、毎週金曜日に発表していた。 研究テーマの選定をするためである。既存文献から新たな拡張点を見つけるには、文献の十分な理解が欠かせないのだが(海外の権威あるジャーナルに掲載される内容なのだから、一読して欠点や議論の穴が見つかるようなことはそうそうないのである)、当時の私は、言語の壁と締切日の存在に悩まされ、文献を深く理解することなく時は過ぎていった。 言い訳になるが、そもそも、日本語で書かれた論文を理解するのも一苦労な私にとって、海外論文はなおさら難解であった。 Googleの翻訳機能を使ってみるも、ところどころわけのわからない日本語に変換されるので、結局英文を少しずつ翻訳していく羽目になった。特に、研究結果に関する箇所の読解は困難を極めた。 学術的な英単語が多く使われるうえに、統計分析に対する知識が浅かったので、同期ラインの中で「この英文どういう意味?」「分散分析とは?」「T検定ってなんだっけ?」といったチャットが飛び交った(5月から始まるSASレクチャーは実験の分析だけでなく、既存文献の読解に役立つので、講義を受けるときはちゃんと目的意識を持っておくと学んだ知識を利用しやすくなるので、その先が楽です)。 そして、もう一つ論文読解の障害になったのが締切日の存在である。本ゼミまでに資料を作成しておかなければならないので、興味のある論文テーマが決まっていなくても、既存文献の理解が浅くても、ある程度の妥協をしなくてはならない場面があった(ちゃんと余裕をもって計画していればこんなことにはなりません)。 自分自身、既存文献の内容を十分に理解できていないものだから、しっかりした拡張点は立てられないし、質問にもあいまいな回答しかできないから先輩にとってもアドバイスのしようがない状態であった。そんな状態でも夏休み前にどうにかテーマは決定したのだが、その後既存文献への理解が甘いことが響いて、活動は暗礁に乗り上げることになる。
 
79月。 夏休みに入って、小野ゼミの全体の活動はなくなったが、論文執筆活動はとどまることなく続いた。 テーマが決まった後は、仮説の立案なのだが、ここでも作業が順調に進むことはなかった。 既存文献への理解が足りてないせいか、「こんな仮説はどうだろう!」といいアイデアが浮かんでも、既存文献をよくよく読み返してみるとすでに考慮された事項であったり、なかなか適切な論拠を見つけられなかったりして、2か月間この段階で足止めをくらった(最終的には、既存文献の読み込みもそうだけど、研究分野に関連する内容のほかの論文や、消費者行動論の参考書を読み返すことが仮説立案に役に立ちました)。
 
10月。 例年であれば実験をして論文を書き進めている時期だが、仮説がなかなか定まらなかった我々は大きく遅れを取っていた。 この時期は三田論中間発表会や第一回入ゼミ説明会の準備もあり、多忙を極めた。 これまでチーム一丸となってやってきた我々であったが、さすがに時間がなく、チーム内で実験班と執筆班に分かれて作業を進めた。 実験班に配属された私はアンケート用紙の作成し、事前テストとして幾人かの友人らに回答してもらったのだが、事前の見立てに反して実験はうまくいかず、何度もアンケート用紙の作り直しを行った(見かねた小野先生が、自身の授業の時間に実験のためのアンケート調査の時間を取ってくれて何とか十分なサンプル数がそろったけど、こうならないように夏休みの時期から余裕をもって実験方法は考えておくとよいです)。 時間はかかってしまったが、先輩や先生の力を借りて、どうにか実験を終え、ようやく私も論文の執筆班と合流し作業に取り掛かった。
 
11月。 最後の追い込みの時期。 全6章にわたる論文を1章ずつ小野先生に添削していただき、論文を仕上げていく。 締切1週間前には、夕方に先生に添削してもらったワードファイルが届き、それを深夜まで修正し、再び先生に提出する作業を繰り返す(毎晩のように添削に時間を割いてくれた小野先生にはほんとに頭が上がりません)。 3回の添削で何とか完成に持っていけるように、同期内でそれぞれのパートを見直し、先輩にもお願いしてチェックをしていただいた。論文が完成した後、2、3日間は皆、力が抜けてしまったようで、この半年間ほとんど毎日稼働していた同期ラインがぱたりとやんだ(今年はコロナで打ち上げができませんでした泣)。
 
かくして、我々第18期の三田祭論文活動は無事に終わりを迎えた。 こうして活動を振り返ってみると、「あそこ、こうしたらよかった」といった反省点が山ほど浮かび上がる(反省点が多すぎてまとまりのない文章になってしまったことも、また反省である)。 これでも半年間の反省のほんの一部でしかないが伝えきれそうにないので今回は割愛して、最後に、この文章を見た次世代の小野ゼミ生にエールを送り、この文章の結びとしたい。

森 直也
 このコーナーはきっと、今回の研究がいかに辛く苦しいものだったか、そしてその苦難をいかに乗り越えたかを書くべきなのだと思います。しかし、私はその期待に応えることは出来なさそうです。 それは、執筆完了からこれを書いている今までの数ヶ月間で、私の記憶が美化されてしまったからなのか、それとも本当に辛いと感じなかったからなのか、今となっては分かりませんが、前者よりも後者の方が後味が良いので、後者ということにします。
 
研究が辛くなかったとはいえど、私たちの活動は決して順調ではありませんでした。 どれだけ順調じゃなかったかは、多分あちこちに書いてあるので割愛させていただきます。 小野教授、小野ゼミの先輩方、そして他ゼミの教授やゼミ生の皆様のご助力なしには、きっと何年かかっても完成には辿り着けなかったでしょう。 この場をお借りして、改めて感謝の気持ちを述べさせていただきます。 本当にありがとうございました。 (大の勉強嫌いだった私の、突然の変化に戸惑いながらも支えてくれた友人らも、ありがとう。多分こんな長文は、頼んでも読んではくれないけど。)
 
最後に、なんだかんだ1番感謝している、同期へ! 活動が忙しくてもプライベートの用事には快く送り出してくれる懐の広さも、1つも内容思い出せないようなしょうもないことで爆笑できるようなユーモアも、些細なことでも相談してくれる強い仲間意識も、「大丈夫」って言ったら絶対に大丈夫な頼もしさも、誰1人キャラが被っていない個性の強さも、議論を楽しむことのできる頭の良さも、話が長くても絶対に遮らない礼儀正しさも、「まあいっか」って済ませない丁寧さと情熱も、すごく尊敬しています。 みんながいつも一緒にいてくれたから、今回の研究は全然辛くなかったんだと思います。 残りのゼミ活動1年間、どうぞよろしゅうね。 みんなの卒論読むの楽しみ。

井原 真衣
 研究後記は、私が小野ゼミに入会する前からゼミのイメージを膨らませながら読んでいたページの一つです。 いつかは自分もこんな風に文章を書くのかなあと考えていたあの頃は、論文を書き終えている自分のことは想像できませんでしたが、活動が始まってから日論英論と執筆を終えるまでの日々は、本当にあっという間でした。
 
論文執筆活動を振り返ると、活動をやり遂げるまで支えてくれた多くの人への感謝の思いが、やはり何よりも先に思い浮かびます。
 
小野先生、大学院生の先輩方、17期の先輩方には、なかなか順調には前に進めなかった私たちに、多くの時間と手間をかけて最後までサポートしていただきました。 こんなに素晴らしい環境で活動に打ち込むことができた私たちは幸せ者だと心から思います。 本当にありがとうございました。
 
そして同期のみんな、一人一人個性があって、そのおかげで上手くいかないこともたまにはあったけど、お互いのことを自然と尊重しあえる温かい人の集まりだなあと、活動の中で度々感じました。 それだけじゃなく、ゼミ活動への意欲や責任感、それらをきちんと行動に移せる力まで兼ね備えているみんなから刺激をもらいながら、自分も少しでも貢献をしようと必死に取り組んだ日々は、少し苦しくもありながら充実したものでした。 最後まで仲間として一緒に走ってくれてありがとう。
 
論文執筆活動の思い出の場所として、歴代の先輩方が夜遅くの三田の教室やお店の名前を挙げる一方で、私にとっては既に日常生活で見慣れた独りの自室の記憶がほとんどであるというのは少し寂しい気持ちもしますが、起床直後から就眠直前までのほぼ全ての時間を共に過ごすような日々があったというのも、オンラインの活動でしか経験できなかった良い思い出かもしれません。 あれだけの長い時間を大して苦痛と感じることなく心地よく過ごせたのは、メンバーがみんなだったからこそだと思います。 卒業までの残りのゼミ生活も、どうぞよろしくね。
周 辰安
 「おまえ、留置所みたいなゼミ入ったんだってな(笑)。 ゼミでそんな時間かけてやることなんてあるか???(笑)」
 
地元の仲間と久々に飲むと、毎回このくだりが出てくる。 仲間の中には自分の所属してるゼミの名前すら分からない奴もゴロゴロいる。
 
どうやら"ゼミ"は形だけのコミニティであることの方が多く、ガチで勉強するところは珍しいようだ。 その中で、"某ゼミ"の数々のブラックエピソードを話すと、たちまち良い酒の肴になった。
 
正直俺の負担はゼミ長や論文代表、他の同期と比べれば比較的軽いほうだった。 しかしこれまでログインボーナス目的の出席や、単位を取るための勉強しかしてこなかった俺にとって、ひたすらパソコンと睨めっこをして、役に立つかも分からない論文を読み詰める作業はストレスそのものだった。 更にそれに追い討ちをかけるように就活や家庭環境のゴタゴタが重なり、正直暴れそうになった。
 
しかし、俺よりも何倍も頑張ってる同期達に対してそんな愚痴を吐けるわけがない。 ましてや他人からすれば、就活や家庭環境なんて、俺個人のプライベートの事情に過ぎない。 「全てを棄てて全裸になって暴れたい」そんな衝動をタバコとモンスターで抑え、俺は無理矢理作った笑顔でひたすらやり過ごしていた。
 
そんなある日の深夜、ふとした好奇心で"ベーリング海のカニ漁"のドキュメンタリー番組を見た。 外気-30℃、常に12Mの波が打ち寄せる冬の荒れたベーリング海で、2ヶ月間ほぼ寝ずに蟹の入った360kgカゴを引き上げてはまた海に投げ落とす作業を繰り返す。 怪我をしても麻酔なしで縫って休む間もなく働き続けるし、毎年30人に1人は死ぬそうだ。 そんな厳しい環境の中でもカニ漁師の男達は希望に満ち溢れた顔をしていた。これに比べたら"某ゼミ"なんて全然可愛いもんだ。 俺は自分のことを"カニ漁師"だと思って生きていくことを決心した。 それからは、ゼミの集まりでどれだけ急なタイミングで仕事を振られても、急に呼び出されても「もし"カニ漁師"ならどうするか」常に心の中に飼っている"カニ漁師"を己を重ね、乗り越え続けた。 徹夜のゼミでも笑顔で盛り上げ、くる日も来る日も自ら論文のベーリング海に飛び込んだ。
 
そんな長い三田論執筆もようやく終わり、四分野インゼミを迎えた日、25万のポールスミスのスーツを身に纏い、トップバッターとして寸劇を交えたプレゼンを披露した。 普段は物怖じしない俺も流石にちょっと緊張し、自分がどんな表情をしているかが不安だった。 そんな中でもなんとかやり遂げることができたのは、これまで支えてきた17期、16期の先輩や大学院生達、そして小野先生の大船に乗ってきたからであり、同期達の協力があってこそである。
 
インゼミ後、感動が冷めぬうちに撮った18期と小野先生の集合写真は今も宝物だ。 先輩達もzoom越しに写真をたくさん撮ってくださった。 「俺は果たしてどんな表情をしているんだろう。」 翌日、撮っていただいた写真をみると、そこには紺色のスーツに身を包み、自信に満ち溢れた"カニ漁師"の姿が確かに写っていた。

芝田 朱莉
 この半年間は、間違いなく私の人生の中で、最も1つのことに夢中になって取り組んだ期間だった。 同期全員で毎日議論を交わし、苦楽を分かち合った。 最も辛かった時は、これだ、と思った核論文で良い仮説が立てられすボツになり、9月に入ったにも関わらず新しい核論文を探した時である。 あの時は、何をしていても論文のことが頭から離れず、気づけば公園のベンチに座り1時間空中を見つめていたりもした。 かなり辛かったが、それでも諦めずに三田論に取り組み続けられたのは、共に苦しむ同期と、私たちに寄り添い数えきれないほどの助言をくださった先輩方、そして小野先生のおかげである。 1人では到底、完成にこぎ着くことは不可能であった。 全ての方々に感謝申し上げる。本当に、得難い経験をさせてくださりありがとうございました。

都竹 卓哉
 3年生の6月から始まった論文活動が、終わりを迎えた。 日本語論文活動や英語論文の執筆に費やした約6か月間という期間は、数字だけ見ると長い期間に見えるかもしれない。 しかし、体感としては、数字以上に短い期間であった。 そのように感じられたのは、苦労と全身を繰り返しながら論文活動に注力していた日々が、この上なく充実していたからであろう。
 さて、論文活動を終えて思うことはいろいろあるが、まずは、この場を借りて、論文活動に携わってくださった皆さんに、感謝の思いを述べさせていただきたい。 小野先生、大学院生の方々、17期の先輩方、何度も発表を聞いていただき、その度にフィードバックをしていただき、さらには論文の添削までもしていただき、本当にありがとうございました。 そして、18期の同期のみんなへ、最後まで論文執筆活動に付き合ってくれてありがとう。 もちろん、先生や先輩方からハイレベルなご指導を受け続けられるという恵まれた環境に居れたおかげである一方で、それ以前に、三田論も英論も書き上げるという強い意志を最後まで腐らずに持ち続けてくれたおかげで、ここまでの成果を残すことが出来たと思う。 こんな凡才な自分であっても、この論文活動に携わることが出来たのは、本当に幸運だったとしか言いようがない。
 ただ、同期に対して言及すると、なかなか個人の癖がそれぞれ強かくて意見がかみ合わなかったり、なんとなくのフィーリングで意思決定を下してしまって思うようにいかないことも多々あったりした気はする。 でも、なんだかんだ言って、それぞれの個性を発揮して上手く歯車が回ったのが、なんとも18期らしいなと思う。 むしろ、そんな具合が、論文活動を進めるうえでいいスパイスだったのかもしれない。
 さて、そろそろ文章を締めくくりたいと思う。今回の論文執筆活動での経験や学びを、今後の卒業論文に活かすなり、社会に出て粒違いな人たちの協働の際に活かすことで、成長した姿を見せれるよう尽力したいと思う次第だ。



2021211

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