題字 「三田祭研究論文」
2013年度

・ マーケティングゼミ合同研究報告会とは
・ 小野ゼミにとっての位置付け
・ 2013年度の参加ゼミ
・ 2013年度の小野ゼミの研究テーマ
・ 活動経過報告
・ 当日のスケジュール
・ 発表会当日の模様
・ 研究を終えて
・ 英論としてのマケ論 (ソサエティ・フォー・マーケティング・アドバンス2014に投稿)
・ ソサエティ・フォー・マーケティング・アドバンス2014@ニューオーリンズ

・ 英論としてのマケ論 (アメリカン・マーケティング・アソシエーション2015に投稿)
・ アメリカン・マーケティング・アソシエーション2015@サンアントニオ


2013年度マーケティングゼミ研究報告会研究論文(全文ダウンロード)

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米国SMA (Society for Marketing Advance) 出場論文

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米国AMA (American Marketing Association) 出場論文

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マーケティングゼミ合同研究報告会とは



 慶應義塾大学商学部の華、商業学(マーケティング論)のゼミが集まって、三田祭研究の成果を発表しあうという企画が、「マーケティングゼミ合同研究報告会」 です。 小野先生の在外研究期間中の2005年に始まり、小野ゼミは、この報告会のための独自の共同研究プロジェクトを立ち上げた上で、再開直後の2007年(第5期)から参加させていただいています。
 2002年に始まった「商学部異分野インゼミ研究報告会」 に似た主旨で行われますが、参加ゼミやその指導教授の報告会への関与度に差があり、報告会運営の方向付けもしっかりしていないという問題点があります。 その一方で、参加ゼミの全てがマーケティングという共通の分野を専門としているので、また違ったプレッシャーと戦うことになるのが特徴です。
 小野ゼミ(第6期)が幹事ゼミを務めた2008年、事前プロモーションの実施、専用ウェブページの立ち上げ、会場変更(三田→日吉)、論文集CD無料配布、入ゼミ説明タイムの導入、懇親会の実施など数々の新機軸を打ち出して、報告会運営の方向付けを行いました。 今年度は、会場を三田に戻し、三田祭公式企画として開催されます



小野ゼミにとっての位置付け



 小野先生の在外研究期間中に始まったこの報告会に対して、小野ゼミは、下記の3つの目的のために、2007年度(第5期)から参加させていただきます。
3年次秋学期の共同研究プロジェクト(三田祭研究)の成果を他ゼミの先生・ゼミ生に評価いただけるよう、より高いモチベーションを持って、3年次春学期の学習成果の集大成たる論文を執筆する。
口頭研究発表の場として位置づけ、プレゼンテーション能力の向上を図る。
対外的な交流の場として位置づけ、ゼミの知名度やゼミ生の社会性の向上を図る。

 これまでは三田祭研究プロジェクトの口頭発表機会は「商学部異分野インゼミ研究報告会」だけでしたが、「商学部マーケティングゼミ研究報告会」に参加させていただくことになり、口頭発表機会は2つに増えました。 そのため、2007年(第5期)からは、独立した研究プロジェクト・チーム、通称「マケ論」班が立ち上がり、他チームと同じく三田祭にてパネル発表を行うとともに、このチームがゼミを代表して「商学部マーケティングゼミ研究報告会」にて口頭発表を行うことになりました。 そして2008年(第6期)は、ホストゼミを担うことになり、大改革を成し遂げました


2013年度の参加ゼミ



 里村卓也研究会 (2013年度ホストゼミ(HPはこちら))
 斎藤通貴研究会 
 小野晃典研究会
 清水 聰研究会
 高橋郁夫研究会
 濱岡 豊研究会
 鄭 潤チョル究会
 堀越比呂志研究会
 
高田英亮研究会

(2013年度報告順)


2013年度の小野ゼミの研究テーマ



Webサイト上における
パーソナライズ広告の忌避規定要因

 近年、広告実務家によってWebサイト上におけるパーソナライズ広告が、成長領域として注目されている。 反面、その広告に対する消費者の反応は、必ずしも望ましいものとは限らない。 このような事実があるにもかかわらず、Webサイト上におけるパーソナライズ広告の忌避規定要因を見出した既存研究は、筆者の知りうる限り存在しない。 そこで、本論は、Webサイト上におけるパーソナライズ広告を忌避する消費者の心理メカニズムを描いたモデルの構築および実証分析を試みる。


研究経過報告


活動経過概要
06月 マケ論始動!
 6月から始まった論文執筆。マケ論には比較的穏やかなメンバーが揃った。
・ 渋谷系論文代表―さとみん。
・ 「うぇいうぇーいwww でゅくしでゅくしwwwwww」 黒い方のたかし―伊礼。
・ 病弱白い方のたかし―ぶし。
・ 「ブンブンチッ、ブンブブンブブンチッ」 ボイパの練習が日課―妖精。
・ ド天然ガチ山ガール―はるぽん。
 これから約半年間このメンバーで論文執筆していくことになる。
 さて、最初にすべきことは 「論文のテーマ決め」 であるが、これが意外と難しい。 メンバーそれぞれが興味のある分野を見つけ、論文を読み、それを持ち寄っては皆で研鑽し、テーマを絞っていく。 こうしてテーマを決めようとするのだが、初めての論文執筆で、決まりかけたテーマが何度も振り出しに戻っていく・・・。 ゴールが分からないマラソンをしているようで、メンバーのフラストレーションと、それを解消するためにドカ食いする住田の脂肪が少しずつたまっていく・・・。
伊礼

07月 テーマ決定!
 テーマが二転三転し、なかなか決まらない状況にマケ論チームのフラストレーションと住田の脂肪は限界に達しつつあった。
 そんな中、インターネット広告をテーマに小野ゼミOBの池谷さんによる講演会が行われた。 影響されやすいマケ論メンバーたちは、講演会後のミーティングでインターネット広告を扱うことに決定した。
 その後、核論文をもとにテーマを絞り、いよいよ論文執筆作業が本格化しようとしていた。 しかし、気が付けば7月中旬。テスト期間が迫っていた・・・。 成績・単位への執着が薄いマケ論メンバー一同であるが、さすがに活動は一時休止させることになった・・・。 伊礼へ留年の期待がかかる・・・。
土屋

08月 夏休みなんてなかった…
※注意※
 今から綴られるのは、決して筆者 (内藤) の愚痴ではなく、あくまでマケ論の月間報告である。 文中には若干の誇張表現が含まれているが、筆者は、話は盛ってナンボの精神を持つ関西人なので、ご容赦頂きたい。

 テスト期間が終わり、私は来る長期休暇に心を躍らせていた。 海、祭り、花火など、夏の風物詩諸々に思いを馳せ、今年はどんなに充実した夏休みになるのだろうとワクワクしていた。 しかし、そんな私の期待も、我らが論文代表、蓮岡の一言で水泡に帰すこととなる。 「お前は働け…」
 その絶望の一言で幕を開けた8月。 夏を向かえる前はピンク色を想像していたのに、蓋を開けてみれば黒色であった。 いや、黒よりも暗い暗黒であった。 長期休暇を謳歌する同期に羨望の目を向けながら、私は働いた。 来る日も来る日も蓮岡に顎で使われ、私のアルファベットすべてがゲシュタルト崩壊してしまうのではないかというほど、英論を読んだ。 大学生になって初めてできた恋人が英論である私の気持ちを、誰が理解できようか。 笑いたければ笑うがいい。
 8月中旬、休暇を終えた仲間が加わった。 実家でリフレッシュしたのだろうか、休暇前には妊婦と見紛うほどまでにお腹に蓄えられていた住田の脂肪はきれいさっぱり無くなっていた。 仲間が戻ってきたことで、効率は格段に上がり、マケ論は飛ぶ鳥を落とす勢いで論文執筆に励んだ。 8月上旬のブラック企業ぶりも鳴りを潜め、真昼間からホラー映画を、ワッ、キャッ、ウフフと楽しむ日が3日続いたりもした。 さらには、10期生の笹本さんをゲストに迎え、ピザパーティを行うなど、マケ論の雰囲気は良い方向に変わりつつあった。 果たして、この良い雰囲気のまま夏合宿を迎え、三田論中間発表を乗り越えることができるのだろうか。
内藤

09月 ブラックからホワイトへ
 夏合宿での中間発表に向けて、怒涛の勢いで第11期マケ論は、英語論文を読み、Scaleを引き、合宿用の資料を作り、そして、ぶしをいじり続けた。 毎日朝10時から、夜8時までのグループワーク。 これだけやり続けてきたこともあって、夏合宿での中間発表用の資料は、他のチームの資料と比べて、内容的にも、厚み的にも充実していた。 参考文献にいたっては、びっしりA4用紙4枚以上が埋まるほどの量であった。 内容的には、いくつかご指摘はあったものの、仮説が立っていた。 進捗具合としては、上々であったように思う。 そのため、中間報告自体もすんなり終わったという印象であった。
 しかしながら、この中間報告を無事に切り抜けたことで、私たちは、気が緩み切ってしまった。 いや、もう燃え尽き症候群が発症していたのかもしれない。 というのも、合宿から帰ってきてからのグループワークは、夏合宿前ほど長時間ではないにしろ、聖地グル学に集まってこそいたが、長時間集まっても、集まった時間に見合う成果が全く得られない日々が続いていたからである。 そんなこともあって、代表蓮岡はある宣言をした。 「んー、じゃあ、明日からは、12時から18時までね。」 驚きのあまり他のマケ論メンバーを一瞬の静寂に叩き込んだこの大宣言以降、マケ論は真っ黒な企業から、真っ白とは言わないまでも、ホワイト企業へ変貌を遂げた。 この大変革のおかげもあって、皆の顔には、日に日に生気が戻ってきた。
 しかしながら、ここで11期マケ論史の中で、上位レベルの厄介な敵であった質問票という魔物が現れた。 この魔物には、何ターン(週間)かけただろうか。 この魔物の手強さには、本当に手を焼かされた。 この魔物に出会ってから、みるみるうちにみんなの生気に満ちていた表情が、質問票が間に合うのかという焦りとこの質問票という魔物に対する苛立ちで、醜くひきつっていく。 この頃から、実家に帰って落としてきた私の脂肪がまたストレスで…。 これ以降はまた次号。 ちゃんとマケ論の質問票は完成しているのでしょうか。 分析はどうなったのか。 気になる気になるぅぅー! あ、ちなみに、伊礼は、非常につまんないことに進級が決まりました。 おめでとー。 ぱちぱち。 住田

10月 隆太の生まれた日
 秋も深まる10月。 今月のマケ論には、最大のイベントが待っていた。 そう、何を隠そう石井隆太の誕生日だ。 ちょうど、23年前、隆太は新宿の聖母病院で生まれた。 幼き頃から、よく遊び、よく食べ、よく寝る子だったとか。 隆太の両目の脇にある、イナズマ型の傷は、隆太の母親が悪の帝王から隆太を守った時に受けた傷である。 つまり、机の角で直線の傷をつけたらしい。 高校生まで、隆太は、栃木県という広大な大地で、いちごとかんぴょうを食べて育った。 「栃木とは、1%のとちおとめと、99%のかんぴょうである」 byイジソン その後、隆太は大学合格を機に、上京、そして今、小野ゼミへ。 こうして23歳にして大学3年生である隆太の人生について振り返ってみると、これからも、きっと色々なことがあるだろうが、かんぴょうに感謝しながら、生きていかねばな。 そんなことを思った10月であった。 ちなみに、今月のマケ論は、住田が太り、質問票を完成させ、「いざ分析へ!」 という具合であった。 これで、一安心だ。 他のメンバーはそう思ったに違いない。 だが、そんなことはなかった… 蓮岡

11月 蓮岡、都筑ふれあいの丘からガストへ。
 論文の発表まで20日を切り、マケ論メンバーは佳境と言うか、地獄を迎えていた。
 最初は、3回連続のゼミ内模擬発表である。 最初の発表では、スライドも発表も未完成も甚だしく、「忌避の論文のらしく、発表までも、聴衆を忌避させるような冗長さでした。」 などの厳しい言葉を頂いたりもした。 そこから毎日、同期、先輩、先生のフィードバックを参考に、発表を創意工夫し、発表を重ねるごとに、少しずつクオリティーも上がり、自信を持てるようになってきた。 怒涛の連続模擬発表の後は、論文とスライドの締切である。 特に、論文を執筆していた蓮岡が、ブラック企業顔負けのスケジュールであった。 12月に入ってからの彼女は、論文発表まで一度も家に帰らず、ゼミ生の家やガストに泊まりながら、朝から夜から、論文と向き合っていた。 論文を提出した翌日は、休む間もなく、スライドの提出期限だった。 学校を追い出されても、内藤の家に行き、締切ギリギリまで先生の指導を受けながら、スライドを推敲していった。
 そして発表当日、皆朝から集まり、ひたすら練習をした (僕だけ3時間遅刻しました。 本当にごめんなさい、本当にごめんなさい!)。 小野ゼミの皆さん、他ゼミの学部生、教授陣、興味を持った2年生を前にして、半年の努力が凝縮された20分の発表が始まった。 伊礼

発表会当日のスケジュール



報告会日時: 2013年11月21日(木)
報告会会場: 三田キャンパス 南校舎ホール

タイムテーブル:
印刷可能なタイムテーブル→
12:50  発表者 集合

13:00  報告会開会の辞 (里村先生 (本年度ホストゼミ)

13:05  里村卓也研究会 研究報告
       
指定討論者: 清水先生・鄭ゼミ生

13:35  斎藤通貴研究会 研究報告
       
指定討論者: 鄭先生・里村ゼミ生

14:05  小野晃典研究会 研究報告
       
指定討論者: 里村先生・清水ゼミ生

14:35  休憩 (10分)

14:45  清水 聰研究会 研究報告
       
指定討論者: 高橋先生・斎藤ゼミ生

15:15  高橋郁夫研究会 研究報告
       
指定討論者: 里村先生・小野ゼミ生

15:45  濱岡 豊研究会 研究報告
       
指定討論者: 小野先生・高田ゼミ生

16:15  休憩 (10分)

16:25  鄭 潤チョル研究会 研究報告
       
指定討論者: 斎藤先生・濱岡ゼミ生

16:55  堀越比呂志研究会 研究報告
       
指定討論者: 高田先生・濱岡ゼミ生

17:25  高田英亮研究会 研究報告
       
指定討論者: 堀越先生・高橋ゼミ生

17:55  報告会閉会の辞 (堀越先生 (次年度ホストゼミ)

          

発表会当日の模様


 2013年、1121日(木)、私たちマケ論チームが足しげく通った三田キャンパス南校舎の5階のホールにて、2013年度マーケティングゼミ合同研究報告会が行われた。 この報告会は、慶應商学部でマーケティングを専攻するゼミが9つ集まって、それぞれのゼミ生が進めた研究を発表するというものである。 そのため、会場には大勢の聴衆が集まった。 その中には、入ゼミを見据えた意識の高い2年生もちらほら見て取れた。
 そんな中、私たちはというと必死だった。 というのも発表前夜までプレゼン資料の作成に、追われていたこともあって、私たちがプレゼン練習に割く時間というのは正直あまりなかったのである。 まぁ、そりゃ前日は徹夜である。 各自で発表練習をし、それがまとまってきたのが、発表の
2時間前、そこからは全員で通しての練習を行った。 2時間集中して練習しただけでは、やはり練習不足からくる発表への不安感は拭い去れなかった。 しかし、「自分たちの6ヶ月間を良い形で締めくくりたい!」 そんな熱い気持ちを抱きながら、私は会場に向かった。
 私たち小野ゼミの今年度の発表順は、
3番目。1番目の里村ゼミ、2番目の斎藤ゼミの発表が進んでいく中で、自分はこのマケ論の活動を振り返っていた。 本当にいろいろあった。 ホラー映画をメンバーで見た思い出、じゃがりこのチーズとサラダどっちがうまい論争をした思い出、久米にどうしたらジュースを買ってもらえるのかみんなで作戦を練った思い出、意味もなく徹夜をした思い出、喧嘩してマケ論内がギクシャクした思い出、本当にいろいろである。 こんなにいろいろあったマケ論の活動が、あと数十分で終わってしまう、今感じている不安感にのまれて、将来、今日という一日、いやマケ論で費やした6ヶ月間を悔やむことはしたくない。 どんなに不恰好でも良い。 楽しもう。 自分の中でそんな結論に至った。 そう思ったら、とたんに肩の荷が下りた気がした。
 発表の内容はというと、マケ論で唯一プレゼンが得意な伊礼が、問題意識で会場の聴衆を惹きつけ、その後に、つっちーがこれまでの広告忌避研究の潮流、そして自身が見つけた核論文 「
Stay away from me」 を説明し、続いてぶしが、その 「Stay away from me」 で構築したモデルを本研究で用いた時に生じる問題点、またその問題点を解消するために、本研究ではどんな仮説を提唱するのか、これらについて、いつもよりテンション高めで発表した。 そこで構築された新たな仮説を実証分析した結果を、噛み噛みではあったものの私が説明させていただいた。 緊張はやはりあったものの、あの場で発表できることを存分に楽しむことができた。 そして最後に、蓮岡がこの論文がどんな貢献をなしたのか、どれほど有意義な研究だったのか、バスガイドさんのような丁寧な口調で発表した。
 こうして、いろいろあったマケ論チームの、一世一代の晴れ舞台の幕は閉じた。 完璧な出来ではなかったかもしれない。 しかし、メンバー全員が楽しんで発表できたのではないだろうか。 そして貴重な体験ができたと心からそう思えているのではないだろうか。 もちろん、このような貴重な体験ができたのは、私たちを支えてくれた皆様のお力添えがあったからである。皆様、本当にありがとうございました。
 そして、マケ論メンバーのみんな、お疲れ様でした。
住田

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つかみは伊礼!
続いて、既存研究レビューを務めますは、つっちー!
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仮説の提唱はぶし!
実証分析の妖精!
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最後を務めますは、論代蓮岡!
発表後、すぐに里村先生のもとへ。
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小野先生、本当に最後まで、ご指導くださって
ありがとうございました!
皆様、いろいろご迷惑をおかけしました。
無事発表を終えられたのは皆様のお蔭です!
ありがとうございました!
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中村さんは、他ゼミの発表へのフィードバックを
引き受けてくださいました。ありがとうございました。
こちらは、濱岡ゼミ生の発表に対して
コメントなさっている小野先生!
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報告会後には、有志でマケ論お疲れ飲み会を
開いてくださいました。蓮岡、代表お疲れ様。
サプライズでメンバー全員に、他チームの11期生から
寄せ書きをいただきました。
ありがとう。一生大切にします。
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思わず感涙する場面もありましたね。
お二人とも良い笑顔!
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では、一旦締めて!
お次は二次会だああ!
乾杯の音頭は王子こと海舟さんがしてくださいました!
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すごーくご飯が似合う!笑
わさびはもうしばらくいらないです...by 妖精
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お行儀悪いよ、つっちー
猿渡さん、すみません笑
このような会を企画してくださった皆様
本当にありがとうございました!
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マケ論のみんなお疲れ様でした。
英論もがんばりましょう!

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研究を
終えて

蓮岡聡美
 この後記を書くのにえらく時間がかかった。 「コメントをせよ」 と言われても、一体何から書き始めればいいのかわからない。 この半年間の一部一部を切り取って書き記しても、それが全てにはならないし、どんな半年だったのかを知っているのは私たち自身でしかないから、読み手がこの後記を読んだときにどのように思うのだろうか、なんて考え始めると、余計に筆を執るのが難しい。 だから、私は私なりに、過去の先輩方の後記の書き方は一切気にせず、連綿たる思いの一部をここにしたためようと思う。
 マケ論を終えて、張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れて、ほっとしたような、けれども、心にぽっかり穴が開いてしまって、寂しいような、なんとも名状し難い気持ちである。 ただひたすら、論文執筆に費やしたこの半年間、私は、慶應に入学して初めて 「学問をした!」 と思える時間であった。 もっと歳をとって、いつか学生時代を振り返ることになった時、私にとってこの半年間は、最も濃密であり、充実した日々であるに違いない。
 マケ論チーム発足当初、マイペースで、穏やかなメンバーが揃ったと思った。 半年という月日を共に過ごして、そこがみんなのいいところでもあり、悪いところでもあったとつくづく思う。 正直、私には、あんまりマケ論のみんなで議論をしたという記憶がない。 マイペースなメンバーであるがゆえに、誰かが言葉を発しても、その言葉は右から左へ、そのままするりとすり抜けていくような感じだった。 だから、たまに議論に火がついたときは、とても嬉しかったし楽しかった。 今思えば、あの時、もっとみんなで話し合う体制をつくっていければよかったのだと思う。 どのチームよりも早く、核となる論文を見つけ、仮説もぼんやり見えかけていた私たちは、序盤、どのチームよりも 「順調」 であった。 だから、みんなで楽しく過ごせていたのだと思う。 しかし、誰かの言葉に耳を傾けるということをしてこなかったマケ論チームの体制は、砂上の楼閣であり、それは時間とともにじわじわと崩れかけていた。 事が起こったのは、
10月のことであった。 最初こそ、足並みを揃えてきたマケ論チームであったが、この頃になると、論文の理解に格差が生じていた。 そのため、他のチームが順調に調査票を作成し、分析をしていく中で、マケ論チームは、なかなか調査票を作成することが出来ずにいた。 それに対して危機感をもったのは、はるぽんであった。
 「さとみんは何も考えてない。」――その言葉で、私の中で溜め込んできたものが堰を気って溢れ出した。 今まで考えてこなかったのはみんなの方で、話をずっと無視してきたのはみんなの方で、みんながバイトやサークルや友達と遊んでいる時もずっとマケ論のことしか考えてこなかったのに、いきなりなんだよって具合に (笑)。 その後に、ずっと前に議論して破棄した仮説をぶり返してきた時は、もう本当に腹が立った (笑)。 話を聞けば聞くほど、議論が後戻りしていく感じが許せなかった。 でも、あの時、はるぽんははるぽんなりに、はるぽん自身が論文の内容を理解できていないことに焦っていたこと、タスクを背負い過ぎた私に対して怒っていたこと、そして論文を理解していないのに理解しているふりをしている他のメンバーに対して怒っていたこと、きちんとわかっています。 それから
2日間、マケ論メンバーの間になんとも形容し難い空気が流れたが、3日目の朝方、内藤の家ではるぽんと話し合い、この争いは終息した。 そんなこともあって、マケ論の体制も大きく変わるのかと思ったけれども、結局あまり変わらず (笑)、はるぽんと私の間において、大きな意味を持った争いではあったけれども、マケ論全体で考えれば、あれは必要な争いだったのか首をかしげたくなる。 内藤は、「今日話し合ったことをみんなにもきちんと話さなきゃね」 と言ってくれたけど、その後のマケ論の集まりで、話し合いの場にいなかった伊礼と住田が役職の仕事をし始めてマケ論の議論に参加していなかった時、誰も内藤の家で話し合ったことを伊礼と住田に話そうとしなかったので、私の口から2人にその話をしたのだが、あの時、「結局、私が自分で言うんかーい」 と内心思っていました (笑)。 今となっては、それも本当にマケ論らしいなあと思う (笑)。
 
11月に入ってから、毎日徹夜が続き、みんなには辛く当たってしまったと思う。 けれども、何度指摘しても、何度同じことを説明しても、一向に修正されないパワーポイントに、自分の予定や役職の仕事を優先して、どこかみんな 「蓮岡、大変そうだなあ。」 と傍観している姿勢に、論文の締め切り2日前にもかかわらず、メンバー全員が揃わないことに、怒りを通り越して、寂しいような、悲しいような、そんな思いを抱いていたことは、わかってほしい。
 とどのつまり、私に論文代表という役職は不向きだったのではないかと思う。 論文執筆が佳境を迎えるにつれて、辛くて、本気でゼミを嫌いになったし、みんなに私が怒っていること、疲れていることをわかってほしくて、結構感情をあらわにしていたつもりだけれども、その意思表示の仕方もよくなかったし、結局わかりあえなかったのかなと思う。 正直、後半はマケ論が早く終わればいいとずっと思っていた。
 代表としては、不向きだったかもしれないけれども、マケ論をとおして、私自身は本当に多くのことを学べたことに満足しているし、勉強することの楽しさを覚えました。 だから、散々文句を書き連ねてしまったけれども (笑)、私みたいな論文代表のもとに集まってくれた伊礼、内藤、住田、はるぽんに感謝しています。 それと、私に論文代表という役職を務めさせてくれた同期にも、本当に感謝しています。 ありがとう。
 兎にも角にも、マケ論を無事に終えることが出来たのは、私たち
5人の力だけではなく、実に多くの支えがあったからであると思う。 だから、ここに感謝の意を記して、この後記を締めくくりたい。
 まず、論文執筆に際して、色々とご指導して下さったゼミ生のみなさま、この場を借りて厚く御礼申し上げます。 本ゼミでのフィードバックに留まらず、普段から論文に関する相談を親身になって聞いてくださったり、添削を快く引き受けて下さったり、本当にありがとうございました。
 次に、
10期の中村さん、笹本さん。 お2人は、論文の締め切り間近、率先してマケ論を助けて下さいましたね。 お2人は、論文やパワーポイントのみならず、チームに対するご指導もいただき、精神的にとても支えられました。 旅行先なのにマケ論のデータを確認してミスを指摘して下さり、また悔しくて泣いてしまったときには涙を拭うだけじゃなく、これからどうすべきかを一緒に考えてくれたお2人のことが、本当に大好きです。 マケ論が終わるまで、ずっとそばにいて下さったことが、なによりも心強かったです。 本当に感謝致しております。 このご恩は、12期生が入会した際に、お2人がして下さったことを私が後輩にしてあげることによって、返していきたいと思っております。
 そして、千葉さん。 千葉さんとは、いつも一緒に居たような気がします。 だから、
6人目のマケ論メンバーといっても過言ではありません。 夏は、よくマケ論メンバーで飲みに行き、本番が近くなった時は、お互いガストで徹夜をして、色んなことを話しましたね。千葉さんと研究の話をするのは、とても楽しかったです。 何もかもが嫌になって逃げだした時も、そんな私を咎めることなく、私の話を聞いてくれましたね。 その後は、他愛のない話をしてくれて笑わせてくれました。 千葉さんがいなければ、あの後笑うことなんて出来なかったと思うし、マケ論代表という役職を最後までやり遂げることが出来なかったと思います。 ガストで過ごした時間や、締め切りまでの48時間、絶対に忘れません。 これからも一緒に飲みに行きましょう!
 最後に、小野晃典先生。 小野先生には、何度感謝を伝えても伝え足りないくらい、本当にお世話になりました。 春合宿の時、論文代表という役職に不安でいっぱいであった私に、色々とアドバイスをして下さいました。 そして、マケ論チーム発足当初から、私たちが迷い、悩んだ時、いつも正しい方向に私たちを導いて下さいました。 他のチームに遅れを取り、期日までに論文が間に合うのか不安で仕方がなかった私たちを、小野先生は、最後まで見捨てることなく、私たちの拙い日本語を何度も何度も添削して下さいました。 常にマケ論のそばにいて下さった小野先生。 小野先生が、何日も何日も夜通し私たちの論文を見て下さった時は、先生のご指導に愛を感じ、他ゼミではなく、小野ゼミに入会して本当に良かったと思いました。 それと同時に、先生に頼りすぎてしまった私たちが情けなくも思え、また、自分の未熟さを改めて思い知りました。 無事に論文執筆を終えることができたのは、小野先生のおかげです。 また論文のみならず、パワーポイントに至るまで丁寧にご指導して頂き、さらには、プレゼン練習が全くできていなかった私たちのことを気にかけ、練習に集中できる環境を整えて下さり、本当にありがとうございました。 マケ論の後に流した涙を絶対に忘れません。 小野ゼミに入会し、先生のご指導を受け、まだまだ未熟ではありますが、自分自身が大きく成長できたと思います。 小野ゼミに入会して、かけがえのないものを得ることができました。 これから、マケ論として英訳、
11期生として卒論が残っていますが、そちらも精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。

伊礼大夏志
 約半年間の論文作成お疲れさまでした! 夏休み返上で集まりまくって、論文やったり、飲みに行ったり、ピザパーティーしたりと、大学生活で一番充実した夏休みでした! あざす!てか、君たちと一緒にいたお陰で僕もじゃがりこ中毒になりました。 特に蓮岡は、長い間何度も徹夜して、色々あったり、論文代表本当にお疲れ! 普段は言えないけど、蓮岡の責任感、リーダーシップ、何より根性は尊敬しています! てか多分11期で一番尊敬している 笑。 蓮岡のチームで、そして、つっちー、ぶっしー、すみたと同じ論文チームで本当に楽しかったよ! てんきゅ!

内藤 節
 マケ論の発表が終わり、すでに約1週間が経った。 しかし、この1週間、マケ論が終わったという実感はほとんどなかった。 あるのはただただ違和感だけであった。 グループワーク、論文執筆、文章の推敲。マケ論チームが発足してからマケ論発表が終わるまでの半年間、毎日のように行っていた活動がなくなったのだから、違和感を覚えるのは無理もないだろう。 「マケ論」 という日常が非日常になり、もうマケ論チームで集まることがないと思うと、なんだか寂しい気持ちでいっぱいになる。 そして、その寂しい気持ちが、マケ論チームで活動した日々を思い出させる。 マケ論チームは、ほぼ毎日長時間集まり、グループワークをするという方針のもと、活動を行った。 おそらく、他の2チームよりも5人で集まった時間は、圧倒的に長いであろう。 まるで家族のような存在であったと今更ながらに思う。 そんな5人と作り上げた論文は、まるで6人目の家族であるかのように愛おしいものである。 こんなにも素晴らしい論文を作り上げることができたのも、この5人だったからこそだと思う。 毎日切磋琢磨し、喜怒哀楽を共有してくれたマケ論チームに感謝の意を表したい。本当にありがとう。
 また、この論文は、我が子のような存在であるのと同時に、先生のような存在でもあり、私に多くのことを教えてくれた。 この論文執筆活動をとおして、学生として一回り大きくなっただけでなく、人間としても一段と成長できたような気がする。 大きな壁にぶつかり、論文執筆を諦めたくなったこともあったが、それでも負けずに最後までやり遂げることができたという自信は、今後の人生において、大きな意味を持つであろう。
 マケ論が終わったという実感はほとんどないと上述したが、この 「研究を終えて」 という記事を書いているうちに、「ああ、マケ論は終わってしまったんだな」 という気持が、じわじわと湧いてきた。 今、この記事を書いている時間帯 (深夜
2時) と相まって、ものすごくマケ論チームに会いたくなってきた。 会いたくて会いたくて震える。 まさにそんな感覚である (笑)。 そんなわけで、論文執筆活動中に一度はやろうとして頓挫したマケ論合宿をいつかやろう (もはや何のためにやるのかわからないが…)。 さて、もう何を書いているのかよく分からなくなってきたが、とりあえず言いたいことは一つだけである。 「第11期マケ論は永久に不滅である!! (英論頑張ろう…)」
 最後になってしまったが、共に励まし合い競い合ってきた同期、ゼミの時間以外にもたくさんのアドバイスを下さった第
10期生の先輩方と大学院生の方々、そして、どんなに忙しいときでも熱心にご指導していただいた小野先生へ感謝の意を表して、この後記を締めくくりたいと思う。 本当にありがとうございました。

住田英紀
 20131121日(木)。 この日、約6ヶ月もの間続いた、マケ論チームの活動に一区切りがついた。 マーケティングゼミ合同研究報告会が終わったのである。 終わった今の、率直な感想は、なんとももやもやとした感じである。 マケ論に区切りがついたという実感が全くないし、論文のすべての部分に自分がコミットできたと堂々と言える自信もないからである。 この感情を、どう言葉にしたらよいのだろうか。そうである。 今の自分には、悔いしか残っていないのである。 「今の自分に満足していたら、それ以上前に進めない!」 と自分に言い聞かせながら現在、この研究後記を書いている。 この悔しさを胸に、今後のプロジェクトに励むことをここに誓う。
 悔いが残るとはいったが、マケ論で過ごした
6ヶ月間は自分の中でかけがえのない思い出である。 この6ヶ月間、ほぼ毎日同じメンバーとずっと一緒にいたわけだが、こうやって冷静になって考えてみると、「コレ、すごいな!よく続いたもんだな!」 と思う。 こんなに長く続けられたのは、やっぱりマケ論メンバーのお蔭である。 マケ論メンバーはみんなキャラが濃くて、自分は、「11期マケ論って誰がいたっけ?」 という話題が、今後どこかで話されることがあれば、最後に名前を言われる、あるいは 「あと一人誰だっけ、忘れちゃったー 笑」 という扱いを受けることは請け合いである。 蓮岡はギャルでセンターだし、伊礼はフィリピン人だし、ぶし (内藤) は、ゼミ長だし、「おい、やめろ」 って言うだけで面白いし、つっちーはどこか変だし、笑ってるのに笑ってないし。 最初の方は自分だけキャラが立ってないなーってちょっと悩むこともあった。 各個人が面白く、それでいて輪を乱す人がいなかったこともあって、他のどのチームよりも面白いチームだったなと思う。 本当にいつも爆笑をしていた覚えがある。 お昼にホラー映画が放送される日は、みんなで集まってぶしの家で映画を観たり、カラオケに行って、つっちーの歌うRIP SLYMEに伊礼とぶしが興奮したり、あ、そうそう、10期の笹本さんを招いてピザパーティーをすることもあった。(笑) 全部が全部楽しかった。 前日に嫌なことがあって、どんなにイライラしていても、いつの間にか笑顔になっている、そんなチームだった。 だから、長時間集まっていても、苦痛に感じることは少なかったし、集まることに対してネガティブな感情を抱かなかった。 そのせいもあって、無駄にオールをすることもあった。 笑
 論文について書くと、マケ論は、序盤の進捗がかなり早くて、先輩に 「お前ら、早すぎ。 論文を
9月とかに書き終えるつもりかよ。」 と言われるほどだった。 この頃は、集まれば集まっただけ論文が進んでいるように実感でき、それを糧に全員が一丸となって英語論文を読み、議論を重ねた。 5つの歯車が噛み合って、加速しつつ着実に進んでいた。 しかしながら、夏休みが終わってからは、その歯車がうまく噛み合わなくなっていた。 マケ論の進捗速度は大きく減速したのだ。 この頃から、期限が迫ってくることと他のチームに抜かれていくことからくる焦りでマケ論内の雰囲気はピリピリし始めた。 そして、論文代表である蓮岡にみんなが完全に依存し始めた。 他のメンバーは受け身の姿勢を貫いた。 蓮岡のあの小柄な身体にのしかかる重圧はものすごいものであったと思う。 それ以降、論文完成と発表資料の完成を間に合わせるため、各員、死に物狂いだった。 そんな私たちを、支え、何度も救ってくれたのが、10期の先輩方であり、大学院生の先輩方であり、そして小野先生であった。
 この場を借りて、お世話になった小野先生や先輩方、マケ論メンバーにお礼の言葉を述べたい。
 小野先生、本当にマケ論チームのこの論文は、先生のご指導なくして完成することは絶対にあり得ませんでした。 半年間ご指導いただき、本当にありがとうございました。 小野先生には、論文テーマ決定、論文執筆、研究報告会というように、本当に最初から最後まで、親身にご指導していただきました。 今までの小野ゼミ史上で一番世話のかかるマケ論だったと思います。 そんな私たちを見捨てないでくださってありがとうございました。 この御恩は絶対に忘れません。 今後とも、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
 大学院生の先輩方、中間発表や模擬発表の際、手厳しいフィードバックありがとうございました。 お蔭で、質の高い論文になりました。 ありがとうございました。 竹内さんには、論文のテーマを決めるきっかけをいただきました。 菊盛さんには、論文の添削をしていただきましたし、白石さんには、分析の際に、
Sobel検定の方法を教えていただきました。 みなさん、お忙しい中、私たちの相談を快く受け入れてくださって、本当にありがとうございました。 大学院生の先輩方の中でも、とりわけ千葉さんには、お世話になりました。 私たちが相談に伺う時は、いつも親身になって話を聞いてくださり、的確な指摘をくださったり、ご飯に連れて行ってくださったり、一緒にぶしの家でオールをしてくださったり、本当に多くの場面で力を貸してくださいました。 もうマケ論論文の執筆者の中に千葉さんの名前を入れたいと思うほどです。 本当に感謝してもしきれません。 ありがとうございました。 千葉さん、もしよろしければ、またみんなで飲んだり、遊んだりしましょう!
 
10期の先輩方、いろいろとご迷惑、ご心配をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。 マケ論が報告会を終えることができたのは、先輩方のサブゼミ、本ゼミの厚いフィードバックのお蔭です。 ありがとうございました。 とりわけ笹本さん、世名さん、石井さんには、このマケ論チーム本当にお世話になりました。 本文の構成であったり、見やすいパワーポイントの作成法であったり、プレゼンのやり方であったり、本当にいろいろな場面で、私たちを支えてくださいました。 個人的にも、御三方には、とてもお世話になりました。 御三方には本当に頭が上がりません。 本当にありがとうございました。
 ではここからは、いつも一緒だったマケ論メンバーへ。
 蓮岡…もう何を言ってよいのか、わかりません。 論文代表として、誰よりも悩み、苦しんだと思います。 他のどのチームよりもマケ論チームを引っ張るのは大変だったと思います。 それを最後まで投げ出さず、頑張ってくれてありがとう。蓮岡にも、本当に頭が上がりません。 いくら感謝の念と謝罪の念を伝えても足りないくらいです。 本当にありがとう。
 伊礼…伊礼とは、帰り道がほぼ同じであることもあって、いろいろなことを話したね。 その多くが伊礼の近況? 武勇伝? だったけど…あ、蓮岡が最近かわいく見えてきたなとかも話したね。 笑 マケ論を通して伊礼のプレゼン能力には、何度も何度も助けられました。 ありがとう。 その点、いっつも憧れています。 あと、逮捕されないようにね! 笑
 ぶし…精神的にも肉体的にも丈夫じゃないぶし、体調不良を理由に休んじゃうこともあったね。 ゼミ長とマケ論を両立するのは、本当に大変だったと思います。 ゼミ長の仕事は、まだまだひと段落というわけにはいかないですが、マケ論、お疲れ様。 マケ論があんなに面白いチームになったのは、ぶしと蓮岡がいたおかげです。 あ、そうそう、蓮岡とはどうするのー? 笑
 つっちー…マケ論始動当初は、ぶっちゃけると、この子は適当に生きてそうだなーって思ってた。 笑 でも、みんなが焦り始めた頃、誰よりも焦っていたのはつっちーだったね。 それで、ちゃんとこの論文のことを大事に思ってくれていて安心したし、嬉しかった。 その焦りのせいもあって、他のメンバーと衝突することもあったけれど、それも今となっては良い思い出です。 この
6ヶ月間、ありがとね!
 最後に、このマケ論チームは、本当に多くの人の助けがあって、報告会までこじつけることができました。 マケ論に力添えをしてくださったあらゆる人に感謝の気持ちを伝えたいです。 本当に、本当にありがとうございました。


土屋晴香
 「緊張していたね。」 「はらはらしたよ。」 「終わってよかったね。」 マケ論チームの発表が終わった直後に、見てくれていた人たちがかけてくれた言葉だ。 今思い返すと、みんなのかけてくれた言葉から、私たちがどれだけ周りに心配や迷惑をかけてきたかよくわかる。 しかしその時は、冷静に自分たちのことを顧みたり、周りの人たちがどんな気持ちでいるのかを考えたりする余裕がなかった。 特に発表前の何日かを振り返ると、論文や発表資料の提出期限に追われてばたばたしているうちに、気が付いたら1日が終わっている、という日が続いていた。 マケ論の発表日も、前日の深夜からパワポの修正を続け、寝ないまま、早朝から集まり、時間ぎりぎりまで発表練習を行っていた。 結局、本番の発表まで、みんなの前で発表を見せることもできなかった。 マケ論の発表が終わった時、きっと周りの人たちは、私たちにどんな言葉をかけようか迷ったのではないだろうかと思うが、自分自身もよくわからない感情でいっぱいだった。 達成感や解放感を感じるというより、ただ必死になっているうちにマケ論の活動が終わっていて、そのことに戸惑っていたような気がする。
 今、改めてマケ論の活動を思い返すと、やはり一番には、周りの人に迷惑や心配をかけたことに対する申し訳なさや、もっとできたのではないかという悔しさ、反省点が浮かんでくる。 しかし単に、思い通りにいかなかった、嫌な経験をしたと思っているわけではない。 このマケ論での経験は、自分にとって必要なものであった。 人生で、こんなに自分や他人を嫌いになったのは初めてであったと思う (笑)。 しかしこれは、目標を持ち、本気で取り組んだからこそのものであると信じている。 こんなに本気になったのも人生で初めてだったかもしれない。 とにかく、自分の至らなさと、まわりの人のすごさ、ありがたさを思い知った。 必ず、これからのゼミ生活、また人生では、今回味わった思いをバネに、マシな人間になれるよう努力していきたい。 そして、このような機会を与えてくださり、いつも暖かく指導してくださった小野先生に、この場を借りて心から感謝の意を表したい。 また、
OBの方々、大学院生の方々、第10期の先輩方、第11期のみんなにも、何度も助けていただいた。 本当にありがとうございました。
 最後に、お世話になったマケ論チームのメンバーに、お礼を言いたい。 最初に思っていた (いなかった?) ように、ずーっと円満に過ごすわけにはいかなかったが、半年間みんなと一緒に過ごす中で、本当にたくさんの楽しいことと、学ぶことがあった。 特にさとみん、誰よりも論文のことを考え、努力する姿をすごく近くで見てきて、自分の意識の低さに気付かせてもらうことができました。 ありがとう。 色々あったけど、また我が家にも (忘れ物をとりに) 来てね。 伊礼、セクハラに対処する力がついた気がします。 ありがとう。 内藤、マケ論で一番楽しかった思い出は、みんなで内藤の家で
3日連続ホラー映画鑑賞会をしたことです。 ありがとう。 住田、かよちゃんとお幸せに。 ありがとう。
 以上、ここには書ききれないけれど、みんなには感謝と、尊敬と謝罪の気持ちでいっぱいです。 それでは、これからもどうかよろしくお願いします。



英論としてのマケ論

―米国ソサエティ・フォー・マーケティング・アドバンスへの投稿―



 小野ゼミ生有志は、
2009年度から、三田祭論文を英語で執筆するというプロジェクトに取り組み、過去3年にわたって海外にて大きな成果を挙げてきました (詳しくは、「英語論文プロジェクト」 のページのバックナンバーをご覧ください)。 5年目の今年、英語論文執筆プロジェクトは、三田祭論文執筆プロジェクト・チーム、全3チームのうち、私たち「マケ論」チームが、日本語で三田祭論文を執筆した後に和文英訳を行って、「英語論文プロジェクト」を立ち上げることにしました。

 そして、三田祭および、慶應義塾大学商学部マーケティングゼミ合同研究報告会を終え、就職活動を終えた2014年春、私たちは、米国SMA (ソサエティ・フォー・マーケティング・アドバンス) 2014年度年次大会@ニューオーリンズに、三田祭論文の英訳版を投稿いたしました。 20146月末の合否発表を経て、学会発表権を獲得できたら、2014114日-8日に行われる同学会にて、ヨーロッパのマーケティング学者たちに交じって口頭発表を行うことができます。 合否結果発表まで、しばらくお待ちください。

SMA2014@ニューオーリンズ行、決定!


SMA2014@New Orleans


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英語論文執筆プロジェクト (略して 「英論」) のページでご紹介
します!


英論としてのマケ論

―米国アメリカン・マーケティング・アソシエーションへの投稿―



 私たちは、米国
SMA (ソサエティ・フォー・マーケティング・アドバンス) 2014年度年次大会@ニューオーリンズに続いき、20147月、米国AMA (アメリカン・マーケティング・アソシエーション) 2015年度年次大会@サンアントニオに三田祭論文の英訳版を投稿いたしました。 201410月の合否発表を経て、学会発表権を獲得できたら、2015213-15日に行われる同学会にて、ヨーロッパのマーケティング学者たちに交じって口頭発表を行うことができます。 合否結果発表まで、しばらくお待ちください。

AMA2015@サンアントニオ行、決定!


AMA2015@San Antonio


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英語論文執筆プロジェクト (略して 「英論」) のページでご紹介
します!


第11期 マケ論研究プロジェクト・メンバー:
蓮岡聡美 (代表)
伊礼大夏志
内藤節
住田英紀
土屋晴香

2015322

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