題字 「電通学生論文」
2003年度

多メディア時代における地域に密着した広告とは



・ 電論とは
・ 小野ゼミにとっての電論
・ 2003年度の研究テーマ
・ 活動経過報告
・ 研究をおえて
・ 第1位受賞!


2003年度電通研究論文(全文ダウンロード)
慶應義塾大学商学部 小野晃典研究会 第3期 有志 (2003)
 「多メディア時代における地域に密着した広告とは」

 (PDFファイル 542KB)



研究をおえて

電論プロジェクト・メンバー全員の研究後記を掲載します!
中村満隆 代表
森岡耕作 
総務
鈴木政紀 
渉外
亀井寿宏 
高橋尚哉 

中村満隆
 僕にとって、電通論文は後期の大学生活そのものでした。 毎朝論文のために10時に学校に集合し、寝る前まで論文のことを考える、そんな毎日でした。 特に12月に入ってからは、徹夜と仮眠を繰り返す日々が続きました。

 僕は電通論文プロジェクトの代表をやらせていただきました。 このプロジェクトのメンバーは小野ゼミ3期生の中でも個性の強い連中が集まり、初めはまとめあげるのは困難なことだと思われました。

 僕が代表として心掛けたことは、1回1回のミーティングを無駄にせず、毎回少しでも前進することと、5人全員が上手く機能するようにタスクを振り分けることでした。

 1回1回のミーティングを無駄にしないために、毎回ミーティングの最後に必ずその日に進んだことを確認し、そこから出た課題について各々が自分なりの考えを持って来ることを義務とし、それについてまた次のミーティングで議論するということを徹底しました。 このことにより、不毛なミーティングはほとんど無かったように思います。 時には義務を果たさなかった人に対して心を鬼にして必ずやってくるように注意をしたりもしました。 そのかわり、サボりたい時もありましたが、注意しなければならない立場の自分が怠けたら皆が僕の言うことを聞くはずがないことを肝に銘じて 自分の義務をしっかり果たすように心掛けました。 班員の皆の意識が高かったこともあり、このシステムは上手くいったと思います。 タスクについても皆が能動的だったこともあり、班員それぞれの適正に合わせて上手く振り分けることができたと思います。

 しかし、反省点も挙げられます。 最大の反省点は提出直前になってバタバタしてしまったことです。 提案のアイディアが最後の最後まで浮かばず行き詰まっていたこともあり、12月に入ってから論理の飛躍等、まだまだ未完成な部分が多く見つかるなどのあってはならないことが起こってしまいました。 もっと早くから執筆を開始していればこのような事態は防ぐことができたのではないかと思うと、自分のタイムマネジメントを反省しなければならないと感じます。

 論文の執筆に当たっての個人の反省としては、自分の文章力の無さを痛感しました。 これまでまともな文章を書いたこともなく、苦し紛れに執筆したものの、とてもひどい文章で、御指導していただいた小野先生には大変お世話になりました。 これから社会に出るまでの課題として克服していきたいと思います。

 ページの都合上、反省点はここまでにしますが、自分の欠点を把握できたことは、今後の自分の人生において大変意義のあることだと思います。 このような貴重な経験を通じ、僕を支えてくれた電通論文プロジェクトメンバーの皆さん、中間発表等で貴重なアドバイスをくれたゼミ生の皆さん、そして何より最後まで親身にご指導いただいた小野晃典先生に深く感謝したいと思います。


森岡耕作
 歴史は繰り返す。 そんな諺があったか、なかったか。 今年の電論も昨年のごとくであった。

 まだまだコトラーに苦しめられていた4月に行われた春合宿。 3期の役職および各論文のメンバーが決まりゆく中、電論には異色のメンバーが集まってきた。 それは、先生ならびに諸先輩方の前での決意表明でも証明された。 3人の電論幹部が前に出た瞬間、ドッと笑いが起こった。 しかし今思えば、この笑いこそが自分たちの電論に思い入れる闘争心に火をつけたのかもしれない。

 電論を 「でんるん」 と名付けた。 夏合宿の中間発表はボロボロであった。 数知れないほどのレジュメの作成、アイディアの話し合いに徹夜の日々が続いた。 文章が書けずに苛立ち、悩んだ。

 終わってみると、これらの1つ1つがの思い出が懐かしいが、同時にこんな辛い日々はもう二度と過ごしたくないとも感じる。 しかしその裏にあった努力を考えると、この辛い日々の経験が決して無駄ではなく、むしろ得ることができたものの方が多かったとも思える。 それには、学問に関することだけでなく、複数の人間が1つのことを成そうとする時に必要な社会性も含まれる。 時間を守る、割り振られたタスクをこなす、相手の意見を聞いたり自分の主張を言ったりするときの態度。 これらの重要性は、複数で取り組んだ論文であったからこそ知ることができたのであろう。 そしてこの電論を通して学んだ社会性は、きっと今後のも自分の人生において大いに役立つものであるだろう。

 昨年の電論をはじめ各論文チームの先輩方も同様のことを感じたことだろう。 そしてその経験をもとに厳しいながらも温かいアドバイスを頂いた。 ここに感謝の意を表したい。 また、一足先に論文を完成させた同期の十ゼミプロジェクトのメンバーからも適切なアドバイスをもらった。 併せて感謝している。 そして何より、進むべき道が分からず途方に暮れている私たちに明るい光を灯し、その道を教えてくださった小野先生に深く感謝しなければならない。


鈴木政紀
 はじめに、アドバイスをいただき、最後までご協力していただいた先生に感謝したいと思います。 また、いろいろと力を貸してくれた先輩方にも感謝します。ありがとうございました。 そして、電論メンバーに、男5人でよかった。 ありがとう。 おつかれさま。

 論文を執筆し終わり、今感じることは達成感です。 やり遂げたっていう。 入ゼミ早々に電通論文のグループになり、それからの半年は長くも、あっという間の半年でした。 はじめは文献を読むことが論文への近道であると思い込み、ひたすら本とインターネット。 無駄にはなっていないとは思いますが、その時間をアイデアに費やしていれば12月にあんなに苦しまなくてもよかったのでは?と今は思います。 あの頃はまだ若かった。

 そして、みんなでグル学に集まり話し合いの日々。 朝の10時15分集合という微妙な時間にしたのは、前日に自分が考えてきたことをプリント・アウトするため。 遅刻したらみんなにジュースをおごるという厳しい罰もあったけど、なんだかんだ楽しくやりました。 そして電論のメンバーの中でいくつもの言葉ができました。 POとか。 さらに独特のノリと雰囲気が完成しました。 この頃から他の論文の班とは少し違う男だけのパラダイスができ始め、その中で普段は見せない本当の顔を見せ始めたメンバーもいました。

 そして三田祭も終わり、提出まであと1ヶ月をきった頃、焦りは現実のものとなりました。 計画どおり進んでいたはずが・・・。 計画は計画です。 よくあることです。 そして12月に入ると消費者調査+分析+執筆という寝ている場合じゃない状況。 こんなはずじゃないと嘆くヒマさえなく合宿の日々。 書き上げたのは提出の20分前という強行スケジュールでした。 ナポレオンにも勝てる気がしました。

 最後に提出した後の帰り道の達成感。 これは忘れられません。 その後に飲んだビールのうまさ。

・・・それと記念すべき瞬間に電話にでなかった彼女・・・。


亀井寿宏
 電通論文の執筆を終えて今言えることは、「本当にこの4人と一緒で良かった!」 と言うことです。 小野ゼミ唯一の男だけのプロジェクトだった電論。 その日々は多分自分の人生の中でもいろいろな意味で苦悩し、もがき続けた日々でした。 しかし、その中ででも時に優しく、時に厳しい意見を率直に言ってくれた4人のみんなのおかげで 何とかゴールへとたどり着けたのではないかと思います。

 電論の活動の各場面は今でもありありと思い出されます。 夏合宿でみんなから口々に 「今年の電論、やばいんじゃないの?」 と言われたとき、「もう何でもいいや」 と思ってしまい、メンバーから叱責されたとき、「おまえ、もうちょっとバリュー出せよ!」 と注意されたとき、一種間にも及ぶ徹夜の日々に疲れ切った締切当日の朝、論文を書き上げキンコーズまで走った締切30分前、高輪郵便局に駆け込んだ締切5分前。 本音を言うと、その各場面の自分は本当に後ろ向きで逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。 でも原稿を投函した瞬間、開放感と共にイヤだった日々が終わってしまうことへの寂しさがあったのも本音です。 その寂しさこそがこの日々を大事にしたい今の気持ちにつながっているのではないかと思います。

 最初にも述べましたが本当に各メンバーには感謝の気持ちでいっぱいです。 多分、このメンバーでなくては電論を終えた今の自分になることができなかったと思うからです。 もちろん、今の自分が電論の活動で得た自分の教訓を100%こなせるかと言えば まだまだ無理だと思います。 でも、自分が越えなければいけないハードルを見つけることができたのではないかと思います。 今度はこのハードルをみんなの力を借りて越えるのではなく、自分一人の力で越えなければならないと思っています。

 最後になりましたが、貴重なお時間を割いてまで私たちに熱心に指導してくださった先生、温かく見守ってくださった2期生、共に励まし合った3期の他のプロジェクトメンバーに感謝します。 本当にありがとうございました!!


高橋尚哉
 2003年、今年も世間では様々なものが流行した。 「ヌーブラ」、「すご録」、「チワワ」、「トリビア」、「もともと特別なオンリーワン」・・・だが、私たち電論メンバーにとっては、どれもどうでもよいものばかりだった。 私たちの間ではひたすら、「多メディア時代」、「コミュニティ」、「携帯ブロードバンド・メディア」、「ユビキタス」、「経験価値」 といった業界用語が流行した。 夏合宿後の8月から12月のはじめまで、方向性を検討しなおすこと数百回。 締め切りが近づいてからも、提案や分析方法を吟味し、栄養ドリンク片手に執筆を行う日々が続いた。

 そして、小野先生からの多大なお力添えもあり、私たちの電通論文はお母さんのおなかの中で激しく動いた。 提出期限前日の午後11時半(締め切りまであと30分)に、研究室棟の4階で体裁が整い、その勢いのままキンコーズへ駆け込みプリントアウトし(締め切りまであと15分)、タクシーで郵便局へ滑り込んだ(締め切りまであと2分の消印)。 その瞬間、私たちの電通論文は 「できたー」 という産声をあげて完成した。

 電通論文執筆活動を終えて、その5ヶ月間を振り返えってみると、自分への大きな課題が浮かび上がってくる。 何人かで1つの論文に取り組むということは、当然、意見の対立を生む。 だが、その対立があるからこそ、1人では気づかない問題点が明らかになり、解決され、より良い論文ができるのである。 しかし、自分が納得いかないと、とりあえず自分で考え込んでしまう癖の悪い面ばかりが目立っていたのではないかと感じる。 話し合いの中で相手の意見に納得したときも、「何で納得したのか」 を深く理解することを怠ったまま、大半の月日を過ごしてしまっていたようだった。 その結果、他のメンバー間で話し合いが弾んでいるときも、自分の意見を主張しきれず、私だけがうなだれているときもあった。

 それでも、分析や執筆の段階までには、そのようなモヤモヤはすっかり消え、自分の役割を全うすることもできたと感じている。 今では、「なかなかうまくいかない」とゼミの同期に愚痴っていた自分を恥ずかしく思う。 電通論文プロジェクトは、私の幼稚な部分を浮き彫りにし、改善するきっかけを与えてくれた。 長い間、文句も言わずに、温かく見守っていてくれたメンバーに感謝する。

 最後に、長きにわたる執筆活動に協力していただいた方々へお礼を述べたいと思う。 アンケートに協力してくれた十ゼミメンバーや先輩方。 中間発表のたびに、アドバイスしてくれた2期電論チームのみなさん、最後の最後までえぐり、一緒に郵便局へ駆け込んだ矢富さん(卒論がんばってください)。 そして、十ゼミ論文や2期生の卒業論文の指導、ご自身の執筆活動でご多忙の中、寝る間を惜しまず私たちにつきあってくれた小野先生。 みなさんのご協力あっての電通論文プロジェクト。 私たちを支えてくれた関係者の方々に厚く感謝の意を表したい。

P.S.
 論文提出後、企業の合同セミナーに行きましたが、必ずといっていいほど耳にしたのが 「ユビキタス」・・・。 ふと、電通論文を思い出している自分がいた。 広告業界において今現在、流行しているトピックについて研究し、論文にできたこと、とてもいい経験になったのだと再認し、電通論文の醍醐味をかみしめる今日この頃。(´・ω・`)


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200414

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