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研究経過報告
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活動経過概要
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05月 1からのチーム結成 |
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久保川 「王だ!わたしこそがキング!」
野澤 「のっけから何をおっしゃってるんでしょうこの人は」
大塚 「まぁ、何はともあれ2012年度の十ゼミチームが結成されたね」
野澤 「それに伴い、十ゼミから関マケに名称が変更になりました」
久保川 「名称が変わっても、先輩たちに恥じないように頑張っていきましょう」
大塚 「それっぽいこと言った」
野澤 「適当だなぁ」
久保川 「あ、今年の関マケチームは活動経過概要を会話形式で進めていくよ」
野澤 「それはなかなか新しいけど、不安しかないんだが」
大塚 「書式とゆらぎは任せてくれ」
久保川 「よし、みんな俺についてこい!わたしこそがキング!」
野澤 「はいはい、キング(オブ馬鹿)ですね」
大塚 「論文の軸となるテーマを決めていく関マケチーム。果たして彼らは、
満足するテーマに辿り着くことができるのか。
次回、『論文テーマ決定』。 この次もサービス、サービスぅ!」
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06月 論文テーマ決定 |
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上原 「はい、第二回関マケ通信を始めます」
栗原 「今回は私と上原、デギョンで進めていきます。 真っ当に!」
朴デ 「一服してからにしない?」
栗原 「真っ当に!」
上原 「さて、今回は論文のテーマについて話していこうと思います」
栗原 「ずばり結論から言えば、テーマは 『顧客参加型の製品開発』 です」
朴デ 「じゃじゃん!」
上原 「最近はSNS等で顧客に参加を求める企業も増えているし、面白いかもね」
栗原 「なんで他人事なの…」
朴デ 「しかし、論文始めたては散々既存文献をあさる作業で結構疲れるなあ」
上原 「先が見えない作業だから精神的にも辛いところがあるね」
栗原 「はいはい、文句言わないで論文読む!」
朴デ 「順調に進んでいるかのように見えた関マケチーム。 だが、突如、
彼らの目の 前に大きな障害が迫る。 次回、『半端ないフリディス』」
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07月 半端ないフリディス |
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全先 「第三回 『半端ないFree Discussion』 始めます」
久保川 「伝わらないけど、いい発音↑」
野澤 「私、眠いんだけど」
久保川 「いや、本当に朝から日吉まで来てくれてありがとう」
野澤 「全くもう。 当日OKもらうなんて次からはやめてください!」
久保川 「反省してます」
全先 「何はともあれ、無事フリディスを終わらせることができました」
久保川 「そんなことよりテストの出来が心配です」
全先 「久保川くん おそれることはないんだよ 友達になろう」
久保川 「だが、断る!」
野澤 「Zzz…」
全先 「寝てしまわれた…。 とにかく、今月は本当に多忙な月だったですね」
久保川 「既存文献、50本以上読んだかな。 全先はどんくらい読んだっけ?」
全先 「Zzz…」
久保川 「寝たふりすんな! 次回『似た者同士の中間発表』、みーんなで見てね」
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08月 似た者同士の中間発表 |
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大塚 「それでは第4回の関マケ通信を始めます」
栗原 「書いてるのは9月の終わりだけどね」
上原 「それは言っちゃ駄目なヤツ」
大塚 「今回は 『似た者同士の中間発表』 ということで夏合宿の話だね」
栗原 「既存研究から論文の方向性を見極めようとした時期ですね」
上原 「それはどこの論文チームも一緒で苦労してた感じはあったな」
大塚 「それだけに先生の 『概ね順調だと思います』 って言葉は嬉しかったね」
栗原 「まぁ、順調だったのはここまでだったって説も…」
上原 「それは言っちゃ駄目なヤツ」
大塚 「それと、小野ゼミ初の企業アンケートを実施することになりました。
新しいこと に挑戦する気持ちは大事だね」
栗原 「9期生も小野ゼミ初を何度も更新してきたらしいしね」
上原 「それも言っちゃ駄目なヤツ」
大塚 「何はともあれ次回 『本当の意味での夏休み@韓国』。 お楽しみに」
栗原 「ねぇ、論文が大変なこの時期に韓国旅行に行っても良いのかな?」
上原 「それは行っちゃ駄目なヤツ」
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09月 本当の意味での夏休み@韓国 |
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久保川 「オッパッカンナムスタイル!!」
野澤 「いつまで韓国気分なんですか…もう10月ですよ」
朴デ 「まぁまぁ、今回は韓国旅行を振り返る回だからさ」
久保川 「韓国旅行は、物を食べてた記憶しかない」
野澤 「冷麺…サムギョプサル…サムゲタン…」
朴デ 「店員さんがびっくりするレベルだったからね…」
久保川 「何はともあれ休暇を満喫できたのは間違いないです」
朴デ 「いや、それなら俺も案内した甲斐があったよ」
野澤 「トッポギ…ビビンバ…ワッフル…」
朴デ 「まだ続けてたの! しかも最後のは韓国料理ですらないし…」
野澤 「ユッケ…スジェビ…チヂミ…」
朴デ 「お気に召されたようで何よりです…」
久保川 「チームの結束も強くなったことだし、論文完成まで頑張っていきましょう」
野澤 「キンパプ…デジカルビ…マッサキ…」
朴デ 「次回 『平日と休日の区別がつかない』。 お楽しみに!」
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関東マケ夏合宿の特集ページへGO!!
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10月 平日と休日の区別がつかない |
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上原「のっけから何なんだけど、今回のタイトルずさんじゃない?」
栗原「確かに毎日忙しくて、休日がいつなのかも分からないけどね…」
大塚「あー実はタイトルの頭文字が、いろはにほへと…って進んでるみたいよ」
上原「…本当だ。無駄に凝ってるね、ウチのア○代表」
大塚「○ホはやめてあげようよ…」
栗原「こないだなんてコモンメソッドバイアスのことを…」
上原「スタンドアローンコンプレックスみたい!かっこいい!とかって」
全先「確かにアホですね」
大塚「つーか、オマエはどっから湧いてきたんだ…伏せもしないし…」
栗原「まぁ、そんなこんなでもう6回目の関マケ通信というわけですが」
上原「10月は、何したっけ?」
全先「企業に調査票を送りましたよ」
大塚「そう、返信頂いた企業にはこの場を借りてお礼申し上げたいね」
栗原「お陰で論文テーマを変更することなく済みました
顧客側にも感謝ですね」
大塚「こ↓きゃ↑く↓」
栗原「・・・」
上原「それはともかく、次回のタイトルは『と…』」
アホ「『ともか可愛いよともk・・・』」
栗原「『遠い完成、磨け感性』です。お楽しみに(震え声)」
大塚「あ、8ポイント」
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11月 遠い完成、磨け感性
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野澤 「第7回、関マケ通信を始めます」
久保川 「さぁ、みんなはじまーるよー♪」
栗原 「アホ」
久保川「一ヶ月経ったのにまだそのネタ引きずるの!?」
野澤 「書いたのはつい一昨日じゃん」
久保川「だめ!言っちゃだめ!」
栗原 「それより、11月の悪夢の日々の話しようよ」
野澤 「そんなこと言っちゃったら、誰も読まなくなっちゃうでしょ…」
久保川「11月は、まるでモルドールとかイスカンダルを目指すかのような日々だった ね ♯伝わらない例え」
野澤 「なんでtwitter調なのよ…」
栗原 「とにかく、精神的にも肉体的にも全球全力の日々でした」
久保川「そうそう、内面的にも外面的にも全身全霊の日々でした」
野澤 「はぁ、仲が良いのか悪いのか…」
栗原 「あ、お世話になった代表に何か感謝の気持ちをあげなきゃね」
久保川「腎臓とか小指とか?」
野澤 「ブラックすぎるでしょ…ってどんだけ今回私、便利なツッコミ役なのよ…」
栗原 「それすらもツッコミだよ。ぬこちゃん」
久保川「半年間の集大成。終わりの果てに見えた新たな決意。
次回『散リユク僕ラ』サービスサービスぅ!」
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研究を終えて
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悲しいことに、「文章に実用的と芸術的の区別なし」 と故・谷崎潤一郎氏が述べているのだから、論文を執筆するに当たって、小野先生から何度も 「君には文才が無い」 と言われてきた私の今から書く文章が、いくら稚拙で見るに耐えないようなものであってもどうか許して欲しい。 しかし、もし仮に私の文章が、読者諸君らを唸らせるような奇跡 (…決して酔狂でないことを願う) を起こしたとしたら、それこそがこの半年間の賜物であり、長年の間に 『めぞん一刻』 や 『ときめきメモリアル』 を介して形成されてきた私独自の文章力ではないのだということを強調して、気の赴くまま論文後記を綴っていこうと思う。
さて、通例に則り、まずはなぜ私が論文代表という役職についたかということから話さねばなるまい。 現在、せっせとこしらえている数十枚のES (…いくらなんでも従業員満足の略称と間違える程マーケティング馬鹿になっているとは思えないが) によれば、私の特長は 「新しいことに挑戦する意欲」 だと大言壮誤…じゃなかった、壮語されている。 まぁ、そんな私が日吉での2年間、ビジネスコンテストや学生団体を通して、商学部のあらゆるマーケティングゼミに 「消費者だけでなく、企業にも実際にアプローチしなければ」 という不満…というか野心を抱いていたことをここに明かせば、私が商学部で一番のマーケティングゼミである小野ゼミで論文代表を志望した理由へと辿り着くことは訳ないはずである。 結果として、実際に650通もの質問状を企業へと送ることに成功したことを初め、海外で合宿してみたり、論文チームにフレックスタイム制を導入してみたり、活動概要を会話文にしてみたり、10ゼミチームでありながら英語論文に挑戦 (…する予定) だったり、千葉さんのロッカーを私物のように扱ってみたりと、活動の端々に私のチャレンジ精神が如実に表れているのだから捨てたものではないな…なんて自画自賛をしてみたり。
もちろん…というか、だからこそ苦労も耐えなかった。 フリーディスカッションでは当日の朝、日吉まで押しかけて先生からOKを貰い、企業調査では夜の12時に解散して、朝の7時に学校に集合、しかも荷物はグル学に無茶を言って置かして頂き、論文執筆では締切日当日にも関わらず、日吉の改札で添削を受け取った時には未だ75%に満たない完成度だったり、本当に紆余曲折、試行錯誤の連続であったと言っても過言ではないだろう。 とりわけ、12月1日に至るまでの一ヶ月は、「今年中の完成は難しいかも」 だとか 「あそこの論文チーム、内情ガタガタらしいよ」 だとか 「あそこの代表、女の子泣かせてるってハナシ」 だとか流言飛語の数々を耳にする機会も多かったが、メンバーの精一杯の頑張りと代表の程々の頑張りと、それから上原ママの暖かい夕ご飯 (いや、美味しかったなぁ…あのシチュー) とさんみゅー初のワンマンライブによって、無事やり遂げることができた。…と、思い返してみれば、他にも伝えたい苦労は山ほどあるが、その話はいずれ…話すこともないだろう。
そんなこんなで半年間、労働基準法を無視する72時間連続勤務だとか週休0日制だとか、どれだけ働いてもサビ残だとか、社員の入れ替わりが…とか、先代の頃からの魔法瓶事業から撤退しちゃった某大手メーカーミ○クル魔法瓶さんも真っ青な程、真っ黒な環境で真っ白になるまで死ぬもの狂いで作成してきた (…多少の誇張はあるが)、泥臭さも青臭さも残る私たちの 「顧客参加型の新製品開発」 という論文は、例え何程後輩に理解されなかったとしても、例え何程頭の固い (人生の) 先輩に正当に評価されなかったとしても、例え何程自分よがりのぼくのかんがえたさいきょうの論文であったとしても、本当に我が子のように愛しいものであり、仲間との絆を示す結晶であると、そう主張したい。
最後になるが、論文チームの舵取り役であり、指揮者であり、監督であり、そしてプロデューサーさんであった私を、(…いや、最後だけさん付けなのは恣意的だよ) 陰ながら励まし続け、ゴールまで一緒に走ってくれたメンバー諸君に (途中でズルしてタクシー使った奴もそりゃ居たけどさ!) 本当に、ホントに感謝してこの論文後記を締めくくろうと思う。 他のチームでは絶対味わえない、仲間を育てるという重要性、仲間と一緒だから保てるモチベーション、その両方を生まれて初めて体感することができたのは、みんなのおかげです。 ありがとう。 …でもな、お前ら先生のお土産代ちゃんと払えよ! 割り勘って話だったじゃん!!
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長かったような、短かったような論文執筆を終えての感想は? と聞かれたら、きっと楽しいと悔しいと辛いの連続でしたと答えるだろう。 半年間、笑ったり、喧嘩したり、悩んだり、泣いたり、長い長い時間をかけて、そして様々な感情を抱きながら執筆してきた論文。辛すぎて論文を辞めたいと思った時は何度もあった。 のんびり屋さんの関マケは、本ゼミでの発表でお通夜のような雰囲気にしてしまうことも多々。 自分たちの準備不足が招いた結果ではあったが、すごくすごく悔しかった。論文のチームの大塚と三田祭付近で喧嘩をしたことも今となっては、いい思い出とはならないけれども、喧嘩できるぐらいの関係になれたのは、この論文チームで長く共にしてきたからだと思う。 こんなにも長い時間、幾度もの徹夜をとも乗り越えた仲間は私の人生の中で他に存在しない。 そう思うと、関マケのメンバーは、自分にとって大切な仲間なのだろう。だからこそ、様々な感情が動いたのだろうとも思う。
発表当日の朝、会場の早稲田キャンパスの銀杏並木で、7人全員が揃い、他大学の学生が行きかう中、発表練習した時、恥ずかしかったけれど、なんだかとっても楽しかったのを覚えている。 全員で発表しようって言ってくれた久保川のおかげだね! いい思い出だよ! でも、やっぱり結果は悔しかったね。 本気で論文を書いてきたっていう自信が関マケにはあったからこそ余計悔しいと思ったのだろう。 でも、みんなが悔しそうにしているのを見て、私はなんだかうれしかった。 何故ならば、みんなが関マケに対して誇りに思っている事、自信をもっている事、それらは私が思っていた事と一致していると思えたからだと思う。 色々あって、色々言われてきた関マケだけど、同じ場面で同じ気持ちになれたのだから、きっと私にとって本当の仲間なのだろう。
半年間、お疲れ様! 本当にありがとう! そして、小野先生、半年間ご指導本当にありがとうございました。 私は、先生のおかげで関マケを最後まで頑張ろうと何度も救われました。 オープンゼミのあと先生に、私たちの口頭発表を誉めていただいたとき、涙が出そうになるくらいうれしかったです。 本当にありがとうございました。 英論のご指導もよろしくお願いします。 大学院生や9期生の先輩方! 先輩方がいてくださって本当に良かったです。 落ち込んだ時、苦しんでいる時、励ましてくださったり、飲みに連れて行ってくださったり、一緒にグループワークをしてくれる先輩方が大好きです。 ありがとうございました! 最後に、10期生! 関マケのために色々雑用を駆って出てくれてありがとう! いっぱい話を聞いてくれてありがとう! 10期生のお陰がなかったら、関マケは論文を書き上げることはできなかったかもしれないです。 様々な面からのサポートに本当に感謝しています。ありがとうございました!
最後に関マケメンバーへ! 次は英論を頑張ろうと張り切る、立ち直りが早い関マケが大好きです。
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六月の論文テーマ決めから始まったこの半年間を振り返ると、忙しかったし楽しかったけれど、反省することや後悔することも多い時間だったように思う。 もちろん、反省も後悔も終わってみなければ生まれない感情で、だから、その当時の自分にとってはそれが精一杯だったのかもしれない。 けれど、自分の英語の読解力がカスだったこと、法学部の授業に出なければならなかったこと、体調を崩して執筆に参加できなかったこと、その他もっと論文に貢献すれば良かったという気持ちが、正直、ある。 ただ、そんな状況でもひとつ言えることは、この 「関マケチーム」 で良かったということだ。 10期のメンバーは全員好きだけれど、マケ論やインゼミに入っていたなら、私はこの活動を投げ出していたかもしれない。
それにしても、このチームは本当に個性的なメンバーがそろっていた。 それぞれの持ち味が全く違っていて、私も多くのことを学ばせてもらったし、見習いたいと思ったことが多々あった。 今までの人生、「頑張る」 というのは個人競技で、友人が頑張っている姿というのをこんなにも間近で、そして長い時間、見ていたのは初めてのことだった。 私自身は全然頼りにならないメンバーだったかもしれないけれど、最後まで見捨てずにいてくれてありがとう。 関東学生マーケティング大会で最終審査に残れなかったことを、すごく悔しく思えたのも、この半年間みんなとどれだけ頑張ってきたかを分かち合えたからだと思う。
久保川、代表本当にお疲れ様でした。 代表という立場は複雑で、チーム内外を調整しなくてはならなくて大変だったと思う。 そして執筆作業も、なんだかんだ一番頑張っていたのは久保川だったよね。 資料作成とかチームで誰よりも上手なのに、仕事へのとりかかりが遅かったりして、おいっ!て思ったことは何回かあった気がするけど、このチームの代表が久保川で良かったなって本当に思っています。 アイドルにも詳しくなりました。 栗原。 栗原がいなかったらこの論文は完成していなかったと思う。誰よりも努力家で根性があって、その姿に何度もやる気をもらったし、励まされました! 一緒に質問項目を作るのも楽しかったしね。 上原。 上原とは関マケを通じて一番仲良くなれた気がする! 二人でXuさんの論文に悪戦苦闘したり、田園調布で語り合ったり、上原はどう思っているかわからないけど、私にとっては良い思い出です。 大塚。 大塚は、普通に 「すごい」 の一言でした。 ゆらぎチェックから分析から参考文献から、論文で一番大切な核作業を一人で請け負っていて、盛り上げ上手で几帳面で、あれ? 良いところしかない!…ということにしておこうと思います。 デーギョン。 デーギョンに案内してもらった韓国は最高でした。 サムゲタン美味しかった! 全先。 全先は夏休み全然来ないときがあって、もう論文書かないのかな? て不安に思ったけど、最後の最後でやってくれたよね。 たまにすごく良いことを言っていて、そんなに深く考えているのか! と驚かされることもしばしば。 ダイアディックの発音が完ぺきでした!
そして、仮説を一緒になって考えてくださった院生の方々、徹夜して添削をしてくれた9期生、関マケ大丈夫?と か言いながらいろんな配慮をしてくれた10期生のみんな、本当にありがとうございました。 最後に、論文チームのなかで一番安定感がなくて、小野先生には数々のご心配をおかけしました。 先生の前で初めて披露したオープンゼミ後、「及第点を突破したね」 とおっしゃってくださったことが、この論文執筆活動の中で一番、嬉しかったことでした。 本当にありがとうございました。
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こうちゃんに急かされて、この研究後記を書き始める(遅くなりました。 ほんとはもっと早く書いてたけど、放送禁止用語のオンパレードだったのでね…)。 早速ですが、みんなにコメントしていきましょうか。 まずは、はねちゃん。 関マケの司会を見事にこなしていましたね。 焼肉一緒に食べたかったなあ。 やまぐーは、いつもアゴでイジらせてくれるとってもいい人です。 焼肉一緒に食べたかったなあ。 れいちゃんは、身長170だから実は結構タイプです。 焼肉一緒に食べたかったなあ。
とまあ、応援に来てくれたのになぜか打ち上げには来なかった3人のディスりはこれくらいにして (でもみんな大好きですよ!)、ともきょん。 ともきょんって呼ばれないから、最近は友香に直してるところ、抱き締めたくなります。 あやなちゃんは身長高いね。 さえっぴーは1番タイプかな。 みっすーは一応リーダーなんだよね。 れいちゃむはちょっとアホ。他のさんみゅーメンバーはまだわからん! あ、でも岡田ロビン翔子はまじでかわいい (関マケ早く負けてロビンに会いに行こうとしてたのは内緒です)。
とまあ、不覚にもアイドルに多少詳しくなってしまったのは、何を隠そうわたちゃんのせいというかお陰ですね。 本当にありがとうございました。 まともなこと1ミリも書いてないわけですが、このおれがそんなん書けるわけねーじゃん! っていうのはうそだけど、でもどうせみんな書くわけだし、いっかなっつって。 別に関マケに思い入れがないわけないですが…むしろ大ありですよ! 誰もやったことがないことをやってみたいのが僕のモットーであります。 時にやってはいけないことまでもやってしまう辺りがね、とか言わない言わない。こう見えても、細かい仕事とか誰よりも得意だしな (ドヤ)。
とまあ、なんか終始内輪ネタになってしまったみたいで、小野ゼミを志望している2年生には特に申し訳ないことをしたと思っています。 僕が2年生だったらこんな先輩大嫌いですきっと。 てか、まずこうちゃんに書き直せってブチギレられそうww
とまあ、この辺で終わるかって思ったけど、さすがに先生にはコメントしなきゃ人として良くないし、単位も来ないよね。 先生が棋士のように何十手も先を見ているのには、つくづく己のできなさを痛感するばかりであります。 「僕なら3時間」 はきっと本当なんですね! (正直あの時は、は!? とか思いましたけど 笑) ありがとうございました! じゃ、せっかくだし関マケメンバーにも一言というか何というか。 ほんとに関マケでよかったです。 インゼミとかマケ論とか (クソみたいなチーム) じゃなくて。 きっとみんなは関マケをクソみたいに思ってんだろうけども。
とまあ、研究後記も書き終わってそろそろ潮時かと思ってたけど、英論書かなきゃいけないこと忘れてたからゼミ残るか! なんてな、by和久さん (夜中のテンションなんで大目に見てね。実は小野ゼミ大好きですはーと)
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「お客さん、気付いていますか。 ここ、禿げていますよ。」 12月1日の発表から数日後、美容院で言われた一言である。 どうやらストレス性によるものらしい。 そんな禿げるほどストレスフルな論文執筆を振り返っていこう。 (注:禿げたのは、10期で僕だけみたいです。 いいネタができて、本人は大層喜んでいます。)
関マケチームは、他のチームに比べて圧倒的に個人プレーの目立つチームであった。 集合時間など存在せず、皆思い思いの時間に集まってはバラバラに解散するなど、本当にチームと呼べるのかと心配することも多々あった。 しかし、それでも関マケチームはチームであったのだ。 半年間という長い期間を通して、自分の強みを活かしつつ、互いの弱みを補いながら1つの論文を書き上げたのだ。 (代表に仕事が偏った部分も否めないが、そこは許してほしい。 何せ代表なのだから。 揺らぎまくってごめんなさい。)
このような研究を通じて、実に様々なことを知ることができた。 その全てを語るには時間 (もしくは頁) が幾らあっても足りないであろう。 そこで、ひとつに留めようと思う。 それは研究という高度な学習方法がもたらす喜びについてである。 情報として、ただただ頭に蓄積していくこれまでの学習方法とは異なり、研究は既存文献を丁寧に紐解き、十分に咀嚼し、そこから新しい 「知」 を発見していく行為である。 これほどまでに知的興奮を覚えるものはない。 (ただの学部生が何を偉そうにと思うだろう。 いや、ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。)
実に多くを教えてくれた論文執筆であるが、無論1人で書いてきたわけではない。 というより、代表である久保川をはじめ、揺らぎの鬼こと大塚、チーム一番の頑張り屋である栗原、他学部で他のゼミ生より忙しく、時間も多く取れない中、論文に対し適切に指摘していく野澤、どんなに辛いときでもチームを盛り上げ、関マケチーム唯一の夏休みであった韓国旅行を最高なものにしてくれたデーギョン、途中タクシーに乗ったけど、必死についてきた全先、彼らの働きに依るところが多い。 論文執筆という最高の経験をさせてくれた皆には本当に感謝しています。 ありがとうね。
また先輩である9期生や院生の方には大変お世話になった。 この場を借りて、感謝申し上げたい。 関マケチームほど、先輩の力を借りたチームはないだろう。なんせ、先輩全員に揺らぎチェックを依頼したのだから。 卒論や修論と忙しい中、協力して頂き、ありがとうございました。
そして、最後になるが我々関マケチームを常に見守り、論文の進むべき道を照らし続けて下さった小野先生。先生への感謝の念は筆舌に尽くし難い。 本当にありがとうございました。 賜った学恩に報いることのできるよう、今後も精進していきたいと思います。
長くなってきたので、ここで筆を置きたいと思う。 因みに、ストレスによる脱毛は、3ヶ月前の出来事に起因するらしい。 3ヶ月前と言えば、丁度企業用調査票を作成していた頃であろう。 周りの論文チームが着実に論文を進める中、9月頭から結局終わりまで、一月も費やした調査票の作成は本当に辛かった。 しかし、「どんなに辛い日々も過ぎてみればいい思い出。」 なんて上手いこと誰が言い始めたのだろうか。 執筆活動を振り返っている今も、思い返すのは楽しかった日々である。 いずれにせよ、関マケチームと過ごした日々は私の人よりちょっと長い大学生活を彩る大切な思い出であろう。
皆、本当にお疲れ様。ありがとうございました。
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日本に来て3年目、そして小野ゼミに入って関マケチーム結成後から半年間、今までの日本生活いや人生の中で覚えることのなかった経験を果たしたと言っても過言ではないだろう。 関マケ。 他のゼミ生にとって関マケはどんなイメージだろうか? 集まらない。 個人プレー等、自分勝手でやりたい放題のようなチームとしてイメージを抱いているかもしれない。 一見そのように見えるが、しかし私にとって関マケは、「誰よりも自分のことに熱くなれる奴ら」 だと思い切ってはっきり言える。
趣味や個性も全員バラバラで、しかも、皆負けず嫌いだけど、自分が発した意見や行動に対して誰より責任感を持っていて自信に溢れている。 要は、自分に一番素直な奴らなのである。 だから、他のチームよりお互いに意見がぶつかりあう事も多く、毎日泣いて笑って、一方では、そんなことも知らないメンバーもいる程、多様性溢れる奴らが集まったチームであった。
この関マケチームと研究の作成に費やしたこの半年間は、自分にとって大学生活の中でも最も密度が濃い日々を送ることができた。特に苦労したと感じるのは「考える」ということであった。 「そんなの当たり前だろう!」 と言われるかも知れないが、これ程、人生で 「考える」 ことに力を入れたことなんてあったのだろうか。 何かに対して考えること、そして、そこから達成すべき目的を持つこと 既存研究から問題意識を探すこと、調査方法や分析方法を模索すること、その結果から仮説を導き出すこと、研究の成果をまとめること等、どれをとっても大学の講義では味わえない貴重な経験であった。 その中でも、我々の研究では、企業に向いて一社一社に調査票を送ったことから、多くの企業に対しても詳しく調べる必要性もあった。 また、発表当日前の練習の際には全員で質疑応答を含めた発表の練習を繰り返し行い、より完成度の高い発表を目指した。
このように関マケと過ごした日々は,自分がゼミに入る以前までに歩んできた日々とは,全く異なることばかりで,初めは慣れなく苦しかったときもあったが、今では、その様な日々を懐かしく感じる。 そしてこの半年間の生活は、社会人として、大学生生活とは次元の異なる厳しさに立ち向かうための大事な準備期間になったと実感している。 これからも、チームと共に日々で学ばせてもらったことを活かして、今後精進していきたい。最後になるが、このようにすばらしいチームと研究することのできた機会を与えてくれたチームの皆、そして、慶應義塾大学の中で一番ゼミに対する熱い思いを持つ小野先生に感謝のメッセージを送りたい。 本当にお世話になりました。 有難うございます。
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全先です(笑) まずは、論文指導をして頂いた、小野先生、大学院生、ゼミ生(9・10期)に謝辞を申し上げたい。 私は、メンバーと比較すると学校にいない時間が多かった。 しかしながら、そんな私が関マケチームの論文タイトルに、名前が載っている理由について書きたい。 また、関マケチームに貢献したことを挙げていき、そこから何を学んだのかについて書き綴りたい。 では、私が三田論執筆という半年間の中で得た3つの経験について見ていこう。
第一に、仲間に助けられたということである。 夏休みにインターンに参加していた私は、チームにかなり迷惑をかけました。 当初、持っていた論文に対する情熱は、どこかへ姿を消し、インターンという場にその姿を表していた。 私は、思いっきりインターンを楽しんだことと引き換えに、関マケチーム内での立場を失いつつあった。 メンバーからは、冷たい目で見られ、「おまえやる気ないなら、小野ゼミやめれば?」 的なことを良く言われた。 それでも、最後のチャンスをくれた関マケチームに謝辞を申し上げたい。 小野ゼミを辞めることなく、今でもゼミ生として確かに生きている理由は、仲間の存在に他ならない。 人間は決して一人では生きていないと痛感した貴重な体験となった。 また、小野ゼミが心の寄りどころになりつつあるということにも大きな影響を与えたと考えられる。
第二に、代表である久保川君が素晴らしい人であったということである。 彼は、すぐに帰ろうとする私を引き止めることはなかった。「帰っても、大丈夫だよ!」 という言葉の意味が、「おまえには期待してないから、大丈夫だよ!」 という意味の裏返しであると私は後から知ったのである。 夏休み、貢献できなかった私は、少しでも貢献できることはないかと考えるようになったことは、この経験があったからである。 その頃、グループ学習室を予約する仕事や、お弁当の買い出しを進んで引き受け、少しずつそのチームにおける存在意義を模索する日々が始まったのである。 ある日は、大量のお菓子で皆のご機嫌を取り、またある日は牛丼のお弁当を抱えながら皆のご機嫌をとり、またある日は・・・私はついに、ひとつの存在意義を確立した。 それは、チーム全体の活性化に他ならない。 空腹という人間の3大欲求のひとつを満足させるという最も重要な役職のひとつを担うこととなった訳である。
第三に、プレゼンである。 関マケチームの発表する場として、関東学生マーケティング大会というものがあった。 私は、ここで最も重要なプレゼンの冒頭部分を担当することになった。 人前で、話す機会は何度かあったが、同大会ほど、権威のある大会で発表を行ったことは今までの人生ではない。 他方、私の発表スタイルの形成に大きく役立ったと言える。発表する内容を丸暗記することが決して無駄ではなく、聴衆を説得させる上では大きな効果を発揮するということに私は気づいた。 それまでは、何となく話す内容を決めるだけで、本番に望んでいたが、発表内容を、呪文のように丸暗記することで、話す間やジェスチャーに目を向けることができるようになるのである。 この経験はとても大きな実りとなったと思う。 最後になるが、半年間の中で学んだことを決して忘れることなく、卒論を始め、今後の長い人生の中で、意味のある経験であったと思うことを切に願うと同時に、「研究を終えて」 を終わらせて頂きたい。
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