大隅隆広
ゼミ長・外務代表
誕生日: 11月22日
趣味・特技: 映画、散歩
所属団体: ボビーズT.C
出身高校: 太田高校 (群馬→小野ゼミ最大派閥)
自分SWOT分析: Security - 高めです。
Welcome - ウチ来る?
OSSUnoSEISIN - 大事です。押忍。
Teenager - オッサンじゃない。
4期からの一言: 「飲むとよく笑い、エ○話の友となる(笑)普段はいい奴よね」 By まや
「大学で数少ない同郷の友。 はじめプロゴルファー猿(藤子F不二雄 作)の主人公に見えたのは気のせい?」 By 木村
E-mail アドレス:
ahiru_no_daidokoro
@yahoo.co.jp

<先生御結婚記念一言コメント> (2004.8)
ご結婚おめでとうございます!

<三田祭ディベート大会> (2004.11) (実行委員長として出場)
「VAIO vs Walkman
 〜SONYはどちらのブランドでハードディスク駆動型音楽プレーヤを出すべきか〜」

<三田祭研究論文> (2004.11) (関東十ゼミ討論会 出場)
おまけ付き製品戦略の有効性
 近年、コンビニやスーパーなどに入るとおまけ付きの商品をよく目にする。 こういったおまけは何のために付いているのかと問われたら、おそらく多くの人が 「おまけが付いていた方が売れそうだから」 と答えるだろう。 しかし、おまけが付いている商品はそうでない商品より実際に売れるのであろうか。 もしおまけが付いている方が売れるとしたら、それはおまけのどのような性質・特徴が人々の購買意図に影響を与えているのであろうか。 本論はこの疑問を課題とし、その解明を試みる。

<3年次終了時コメント ・三田祭研究プロジェクトを終えて> (2005.3)
 夏休みから本格始動した三田論プロモーション班、思い返すとよくもこんな似た者が集まったなぁと驚くばかりである。 世間話を始めれば皆ネタがつきることなく出てくるし、よく一緒になって遊んだものであった。 しかし、いったん研究活動に入るとその雰囲気は180度変わる。 話し合いでは常に衝突が起こり、その度に論文の進度がにぶっていった。 しかも関東十ゼミ討論会でリーダーゼミを務めるということもあって、紛争は2倍。 ますます論文に支障をきたすという悪循環であったように思う。
 そして、さらに大きな問題を抱えていた。 電論を掛け持つ人間が2人いたことである。 電論代表と自分。 代表には電論の仕切りがあることを考えた時、自分は一体どうすればいいのか悩んだ。 両立できるという約束で2つのプロジェクトに取り組んだものの、本当に自分がその約束を守れていたかというと、守れていない。 三田論に最後まで携わっていたい、電論に集中したい、という中途半端な気持ちから、本当に三田論メンバーには迷惑をかけっぱなしであった。 しかしそんな自分に常に適切なアドバイスと方向性を示してくれたのは他でもない三田論代表の佐野であり、電論代表の福元であり、そしてゼミ代表の加治であった。 彼らの示唆がなければ、私は両プロジェクトにおいて中途半端な成果しか出せなかったであろう。 ありがとう。 そして何より、そんな状況を温かく見守ってくれ時には進むべき方向を示して下さった小野先生に本当に感謝したい。

<学生広告論文電通賞投稿論文> (2004.12)
「新しい広告を開発する」

<3年次終了時コメント ・電論研究プロジェクトを終えて> (2005.3)
『他の人にやられるのって酷じゃない?』 私に電論プロジェクト参加を決意させたのは、福元代表のこの一言であった。
 一度はやらないとゼミで決定したこのプロジェクトが、有志という形で行われると決まったとき、私は悩みに悩んだ。 2つのプロジェクトを掛け持つということは、時間、体力、知力、その他すべてにおいて相当の負担を強いられるということであるということを覚悟しなければならない。 しかし、もろもろの悩みを吹き飛ばしたのは 『新しい広告を開発する』 というテーマと、それに対する私の姿勢を十分に理解してくれたうえでの代表の一言であった。

 プロジェクトに参加すると決めた瞬間から、新しい広告を探し求める日々が始まった。 “新しい” って何だ? “今までに見たことない広告” って何だ? 電車に乗っては中吊り広告とにらめっこし、書店に行ってはアイデア本をあさり、時には怪しげなサイトに片足つっこんで情報収集をした。 しかし、どんどん集まってくるパーツをよそ目に、その全貌は全く見えてこない。 メンバーが思い思いの考えを発散するだけで収集はつかず、結局何から手を付けていいのかと思い悩むばかりだった。

 しかし、それこそが 『電論』 の醍醐味であったのだと思う。 それはまるでLEGOを手にした気分。 形も大きさも違う無数のパーツが与えられ、“ハイ、自由に作って下さい” と言われたようなものである。 これが苦痛なはずがない。 “人より面白いものを作ってやる” と応えてやった。 当たり前だが、メンバー全員の思いは同じものであった。 電論ミーティングは常に笑いに溢れ、全員が新しい広告の開発に意気込んでいた。 他プロジェクトとの兼ね合いから、深夜から我が家に集まりアイデアを発散する毎日ではあったが、そんな日々には辛いながらも、それに余りある楽しさを感じていた。

 結局、全貌が見え出したのは提出期限数日前であり、ふらついたままのアイデアで提出が2日遅れるという形で電論は幕を閉じた。 これは恥ずべき結果であり、時間管理や計画性のなさという課題が浮き彫りになったことは間違いない。 しかし、電論は私のゼミ生活の最も価値ある財産であると自信を持って言える。 素晴らしいメンバーに囲まれて、しかもLEGO Buildingのようなテーマに取り組める。 こんな幸せはこの先数えるほどしかないのではと思ってしまうほどである。 電論から得たものは測り知れない。

 『ありがとう』、最後にそんなメンバーへの感謝と共に、同じように多くの方々に感謝したい。 まずは電論発足を快諾してくれたゼミのみんなにありがとう。 そして掛け持つことを承諾してくれた三田論班、最後まで粋な心遣いをありがとう。 また3期の電論メンバー、電論への熱い思いをありがとうございます。 最後に、自宅まで開放していただき夜遅くまで親身になってご指導して下さった先生。 先生が与えてくださったインスピレーションと熱意によって、電論は前に進むことができたことは間違いありません。 本当にありがとうございます。

電通図書館に向かう交通費:¥130
眠気を覚ますためのコーヒー:¥120
電論で過ごした時間:priceless!!!

<3年次終了時コメント ・「3足の草鞋」> (2005.3)
 三田論、電論、三田祭ディベート、この3つのプロジェクトを終えた今思うことがたくさんある。 1つに集中すればもっと完璧なものが出来上がったのではないか、2つに留めておけばもっと有効な時間の使い方ができたのではないか、3つも掛け持ってなぜ自分を追い込むのか。 2本の足で3つの草鞋を履かなければならなかった苦労を思い返すと、このように後ろ向きな思いが溢れかえってくる。 しかしそれ以上に、この経験から何事にも変え難い財産を得た。
 仲間の存在――彼らがいなければ、私は1つの草鞋も履くことができず、裸足のまま立ちすくむことであっただろう。 今は感謝の気持ちでいっぱいである。 ありがとう。


<2007年度OB・OG会誌寄稿エッセイ>
(2007.10)
      
 「第4期という時代と、これからの小野ゼミ生たちへ
<2007年度OB・OG総会出席情報>
(2007.10)
      
 < 出席!>
<2008年度OB・OG会誌寄稿エッセイ>
(2009.2)
      
 「これからの小野ゼミ生へ
        〜現在の仕事について
        〜そしてもう一度これからの小野ゼミ生へ
<2008年度OB・OG総会出席情報>
(2009.2)
      
 < 出席!>
<2009年度OB・OG会誌寄稿エッセイ>
(2010.2)
      
 「これからの小野ゼミ生たちへ
<2009年度OB・OG総会出席情報>
(2010.2)
      
 < 出席!> < プロデューサ!>
<2010年度OB・OG会誌寄稿エッセイ> (2011.2)
      
 「現在の仕事について
<2010年度OB・OG総会出席情報>
(2011.2)
      
 < 出席!>
<2013年度OB・OG会誌寄稿エッセイ>
(2014.2)
      
 「結婚して子を授かって転職したら大変だけど、それなりにいい。

<2015年度OB・OG会誌寄稿エッセイ>
(2016.2)
      
 「現在の仕事と近況報告