| WEBファイル・マネジャー | |||||||||||||||||
| 誕生日: | 10月7日 | ||||||||||||||||
| 趣味・特技: | SP シルバーアクセづくり 料理 | ||||||||||||||||
| 所属団体: | 慶應弓道同好会 | ||||||||||||||||
| 出身高校: | 高崎高校 (群馬) | ||||||||||||||||
| 好きな芸能人: | 菅野美穂 サトエリ ユンソナ | ||||||||||||||||
| 好きなブランド: | BEAMS Bridgestone | ||||||||||||||||
| 隠れ好きなタイプ: | 白いTシャツを手洗いするくらい石鹸の香りがする人 | ||||||||||||||||
| 自分SWOT分析: | 強み − | 知的さ > 元ちゃん > メラニン色素 | |||||||||||||||
| 弱み − | 何もしてないのに紗弥香さんに笑われる | ||||||||||||||||
| 機会 − | 電論プロジェクト(代表 耕作 伊藤 亀) | ||||||||||||||||
| 脅威 − | ディベートとこばけ | ||||||||||||||||
| 3期から一言: | 「3日に1回ペース。でも月1しか会わないので…」 by 耕作 「私にとって、永遠の癒し系です」 by 渡部 「イジラレキャラだったのに、いつの間にか出世したね。」 by 元 |
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| 小野先生へ一言: | 「ペプシツイストが一番おいしいです。」 | ||||||||||||||||
| E-mail アドレス: |
naonoie
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@agate.plala.or.jp | |||||||||||||||
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| <学生広告論文電通賞投稿論文> (2003.12) | |||||||||||||||||
| 「多メディア時代の地域に密着した広告とは」 | |||||||||||||||||
| 近年の情報化の流れのなかで注目されるのは携帯ブロードバンド・メディアであろう。 このメディアの普及を念頭に置きつつ、我々は、消費者間のコミュニケーションが交わされるコミュニティを 「地域」 と見なし、「多メディア時代における地域に密着した広告」 として3種類の広告モデルを提案する。 そして、これらの広告によって、企業は消費者間のコミュニケーションを活用した新たな広告戦略を遂行することが可能になると主張する。 |
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| <3年次終了時コメント ・学生広告論文電通賞研究プロジェクトを終えて> (2004.3) | |||||||||||||||||
| 2003年、今年も世間では様々なものが流行した。 「ヌーブラ」、「すご録」、「チワワ」、「トリビア」、「もともと特別なオンリーワン」・・・だが、私たち電論メンバーにとっては、どれもどうでもよいものばかりだった。 私たちの間ではひたすら、「多メディア時代」、「コミュニティ」、「携帯ブロードバンド・メディア」、「ユビキタス」、「経験価値」 といった業界用語が流行した。 夏合宿後の8月から12月のはじめまで、方向性を検討しなおすこと数百回。 締め切りが近づいてからも、提案や分析方法を吟味し、栄養ドリンク片手に執筆を行う日々が続いた。 そして、小野先生からの多大なお力添えもあり、私たちの電通論文はお母さんのおなかの中で激しく動いた。 提出期限前日の午後11時半(締め切りまであと30分)に、研究室棟の4階で体裁が整い、その勢いのままキンコーズへ駆け込みプリントアウトし(締め切りまであと15分)、タクシーで郵便局へ滑り込んだ(締め切りまであと2分の消印)。 その瞬間、私たちの電通論文は 「できたー」 という産声をあげて完成した。 電通論文執筆活動を終えて、その5ヶ月間を振り返えってみると、自分への大きな課題が浮かび上がってくる。 何人かで1つの論文に取り組むということは、当然、意見の対立を生む。 だが、その対立があるからこそ、1人では気づかない問題点が明らかになり、解決され、より良い論文ができるのである。 しかし、自分が納得いかないと、とりあえず自分で考え込んでしまう癖の悪い面ばかりが目立っていたのではないかと感じる。 話し合いの中で相手の意見に納得したときも、「何で納得したのか」 を深く理解することを怠ったまま、大半の月日を過ごしてしまっていたようだった。 その結果、他のメンバー間で話し合いが弾んでいるときも、自分の意見を主張しきれず、私だけがうなだれているときもあった。 それでも、分析や執筆の段階までには、そのようなモヤモヤはすっかり消え、自分の役割を全うすることもできたと感じている。 今では、「なかなかうまくいかない」とゼミの同期に愚痴っていた自分を恥ずかしく思う。 電通論文プロジェクトは、私の幼稚な部分を浮き彫りにし、改善するきっかけを与えてくれた。 長い間、文句も言わずに、温かく見守っていてくれたメンバーに感謝する。 最後に、長きにわたる執筆活動に協力していただいた方々へお礼を述べたいと思う。 アンケートに協力してくれた十ゼミメンバーや先輩方。 中間発表のたびに、アドバイスしてくれた2期電論チームのみなさん、最後の最後までえぐり、一緒に郵便局へ駆け込んだ矢富さん(卒論がんばってください)。 そして、十ゼミ論文や2期生の卒業論文の指導、ご自身の執筆活動でご多忙の中、寝る間を惜しまず私たちにつきあってくれた小野先生。 みなさんのご協力あっての電通論文プロジェクト。 私たちを支えてくれた関係者の方々に厚く感謝の意を表したい。 P.S. 論文提出後、企業の合同セミナーに行きましたが、必ずといっていいほど耳にしたのが 「ユビキタス」・・・。 ふと、電通論文を思い出している自分がいた。 広告業界において今現在、流行しているトピックについて研究し、論文にできたこと、とてもいい経験になったのだと再認し、電通論文の醍醐味をかみしめる今日この頃。(´・ω・`) |
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| <学生広告論文電通賞受賞コメント> (2004.3) | |||||||||||||||||
| 電論の結果発表があったのは2月中旬。 僕の就職活動も本格化し始めた頃だった・・・ その日も、ある企業のセミナーがあり、僕はしばらくの間携帯電話の電源をOFFにしていた。 お昼過ぎ、セミナーを終え、ビルを出て携帯電話の電源を入れると、新着メールが15件も着た。 一瞬、「はぁ?」 と戸惑ったが、すぐに電論の結果発表があったということを思い出した(このとき既に1位を予感した)。 1件目のメールは・・・誰からか忘れたが、「第1位受賞!!」 のニュースに、思わず新宿のオフィス街で独り微笑んだ。 2件目以降はもちろん、3期生からの祝福のメールだった (うち3件は未承諾メール)。 全てを読み終えたあと、MLに 「ありがとう」 のメールを流したのを鮮明に覚えている。 「1位をとらなければならないという意識はあまりなかった」 というのが僕のホンネである。 ただ、自分はゼミでの様々な活動に対して、自分なりにがんばっていたので、その努力が対外的に高く評価されれば、自分に自信を持った上で社会人の仲間入りができるのではないかと思っていた。 電通論文プロジェクトに参加したのは、そのような単純な想いがきっかけである。 そして、論文を執筆する際にも、チーム内での自分の役割や強みを分析し、目標達成のために貢献してきたという自負があった。 そして、何よりもメンバーの熱い想いがこの結果を生んだのだと感じている。 2月17日は、私たち5人の電論メンバーが、小野ゼミ生活1年目の目標を達成した記念すべき日だった。 およそ1ヶ月後の授賞式には、だいぶ落ち着いた気持ちで臨んでいた。 ただ、「自分たちが67チームの頂点に立ち、しかも文部科学大臣奨励賞を受賞した」 という事実に再び向き合うと、終始笑みが止まることはなかった。 4期生の電論チーム、プレッシャーなんて気にせずに、自由にがんばってください。 |
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| <卒業論文> (2004.1) | |||||||||||||||||
| 「購買行動後における認知的不協和低減が消費者態度に及ぼす効果」 | |||||||||||||||||
| 消費者の購買意思決定プロセスはモノの購買では終わらない。 購買した製品は使用経験や情報探索を通じて評価される。 この段階において、しばしば認知的不協和が発生するが、その存在は心理的に不快であるため、消費者は自らの行動や認知を変化させることによってそれを低減するように動機づけられ、その製品に対する肯定的な態度を維持するであろうという解釈がなされてきた。 それでは、購買意思決定後、不協和の発生により負に傾いた態度は、どのような心理的プロセスを経て低減され、元の好意的な態度への変容に至るのであろうか。 また、消費者にとって不協和の発生する状況とはどのようなものなのであろうか。 本論は、購買行動後における認知的不協和低減が消費者の態度維持に及ぼす効果を表したモデルを構築し、数通りの状況設定を行った上で実証分析を行う。 | |||||||||||||||||