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研究を終えて
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就活をしなければならない今日このごろ、家で溜まりに溜まったゲームを徹夜でやり続けているダメ人間こと論文代表の津田です。 例年は、文才ある先輩方が素敵な文章をこの 「研究を終えて」 で披露しているわけなのですが、如何せん僕には文才が皆無なので、かなりラフに書いてみることにしました。 あまりにも拙すぎる文章になると思いますが、よろしければお付き合いくださいな。
テンプレでいくと、まずは 「何故私は論文代表という役職についたのか」 ということについて話しているようですので、安定志向バンザイで僕も、その流れに乗りたいと思います。 まぁ何故僕が関マケ (関東学生マーケティング大会) の論文代表になったのかを簡潔に言ってしまえば、“企業の人に評価されたかったから” であり、“それを自分が先頭に立って成し遂げたかったから” ですかね。 やっぱりマーケティングですから、学問として研究することも大事ですけど、実務に貢献しないと意味は薄いような気がしているのです。 そんなわけで、マケ論、インゼミ、関マケ (各論文チームの詳細は、ここでは省略しますね) の3つの中から選ぶとすれば、企業の人に見てもらえる関マケしかなかったわけなのですね。
“企業の人に評価されたかったから” という理由で選んだ関マケでしたが、その道は本当に苦難の連続でした。 特に9月までは本当に地獄のような日々でしたね (笑)。 何が地獄かって、なにも論文製作が進展しないことです。 僕たちは 「ゲーミフィケーション」 という最新のマーケティング手法 (厳密にはマーケティングに限ったものではないんですけど) を取り扱ったため、まず何から手をつけていいのかも分からなかったのです。 結果、夏合宿では、竹内さんに 「ゲーミフィケーションって本当に存在するの?従来のセールス・プロモーションのことなんじゃないの?」 と言われてしまった時は、本当に詰んだと思いました (いや冗談ではなく真剣に悩みましたよ)。
こうした苦難を乗り越えることができたのは、本当に関マケメンバーが僕を支えてくれたからであり、アニメが精神的支えになってくれたからですね! (いい話をいい話で終わらせないのが僕のクオリティ)。
冗談はさておき、ここらでその関マケメンバーに感謝を述べていきたいと思います。 どんなに盛ってもできた論文代表ではなかったと思いますけど、最後まで付いてきてくれてありがとう。 関マケチームは、結成した6月、千葉さんに 「関マケメンバーは変人だと思われていたけど、意外とまともだと判明した人達の集まりである。」 と評されましたが、まさにその通りだったと思います。 各人がしっかりと、考え、行動し、なにも言わなくても作業をしている姿には、何度も感動させられました。 ゆーき、そーま、にっしー、ボンちゃん、皆と一緒に論文を作ることができて本当に良かったです! 核論が見つかったのが10月、論文を製作し終わったのが提出30分前、本番前日までパワポが完成せずに23時まで作業、本番当日は朝早く集まってプレゼン練習など最後の最後までドタバタした関マケでしたが、今となっては楽しい思い出です!
最後になりますが、論文チームを支えてくれたすべての皆様に感謝の言葉を送って、論文後記を締めくくりたいと思います。 11期のみんな、10期、院生の先輩方、小野先生、本当にありがとうございました!!!
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「すいませんでした。」 カンマケを終えて一言、と言われ真っ先に頭に浮かんだのはメンバーへの謝罪でした。
例えば。 朝弱い弱いの実の能力者だった為基本的に集合時間に間に合っていなかったし、最低週2はバイトを入れていた為早めに帰宅していたし、教習期限が11月3日であった為10月中の朝は教習所に通い詰めだったし、10月後半はカンマケそっちのけでマケコンやってたし。 (←恐れながらワケ明示で知覚価値に影響を及ぼさないことを期待してますw) あと、本番当日も遅刻したのは、さすがにカスだと思ったね! 映画 『謝罪の王様』 まだみてないけど、それをみて、本気で謝罪を学ぼうと思ったね! いや、ごめんなさい。
だから。 罪滅しってワケではないけれど、パワーポイント作成は気合入れてフザけて作った。 (このときはオープンゼミケース解題チームに迷惑かけたけれどw) パワーポイント発表資料を本ゼミで先輩方や先生に褒められたときは心底嬉しかったなぁ。 発表練習も頑張ったよね! ロートー行ってデカイ窓を見ながら練習したり、発表当日朝早く学習院に集まって音声とか確認しながら練習したのは、いい思い出です! (まあ、本番当日まで1回も通さないというねw)
であるからして。 絶対に優勝したかった。 勿論、論文賞は本当に嬉しかったんだけれど、(論文任せっきりで、立長夫妻には頭上がらないっす) 俺が貢献できたのは、発表部分だと思ったから、優勝することがカンマケメンバーへの罪滅ぼしになるのかもしれない、なんて勝手に思ってたのです。 ああああああ! 思い出すたびに今でも悔しい! くそくそ! もう1度11月30日の朝からやり直したい! 次は、ちゃんと集合時間に間に合うし、ちゃんと朝ごはん食べてから学習院向かうし、発表上手くやるし!
でも。 やり直したいなんて… 「あまーーーーい! チョコレートに砂糖とメープルシロップをかけたものよりあまい」 んだろうね。 勝負は1発勝負。 本当に悔しいけれど、みんなと数ヶ月に渡って活動出来たことは本当に楽しかったです。 ありがとうございました。
そいえばね。 「もう論文チームで集まることは少なくなるんですかねえ…」 なんて前カンマケ論文代表の久保川さんに言ったら 「同期で集まっても、自然と論文チームで固まるんだよなあ、大丈夫。」 って言ってた。 (ってか久保川さん毎度カッコよすぎるでしょ。) ってことらしいので。 また一緒にいろんなことしたいです! もう遅刻は絶対しないので、これからもよろしく!
ってか。 あ! 早速! この文章の投稿期限に間に合っていないね! 「すいませんでした!」
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絶望的なスタートからの驚異の追い上げ。 我々関マケはいつもこうであった。 何も進まなかった夏休み。 夏合宿の中間発表では、他チームが仮説を立てているな中、全く方向性が見えていなかった。 秋学期最初の本ゼミでは、やっと方向性は決まったが、他チームが仮説を立て調査票を作成し始めている中、仮説が定まっていなかった。 やっと仮説が定まったと思ったら、調査票にまた一苦労。 やっと調査票が完成したと思ったら、PLS-SEMという小野ゼミ初の分析を用いるため、英語文献の解読に手こずる。 このように最も遅れたチームであったのにもかかわらず、まさかの論文完成は1番であった。 さらに、パワポも他チームより大幅に遅れていたが、本番までにはしっかりと仕上げ、自分たちが絶対の自信を持つプレゼンを完成させた。 まさに怒涛の追い上げである。 このような追い上げができたのは、我々5人であったからだと確信している。
ありえないほど皆が自由な関マケ。 みんなの予定を合わせることはせず、だいたい誰か1人はいない関マケ。 私もグループワークに何度遅刻したことだろう。 時間に間に合ったことのほうが少ないかもしれない (笑) しかし、このチームにいれて良かったと心の底から思っている。
11月30日、本発表のことについては、あえてここでは触れないことにする。 この日私が何を思い、何を感じたかは直接聞いてほしい。 一言でこの日を表現するなら、この表現がぴったりだろう。 「我々津田班は、記録には残ったが、実務家や他ゼミの人々の記憶には残らなかっただろう」。 論文賞を獲得することができたうれしさ以上に、悔しさや無念さが大きかった。
小野ゼミの皆様にはいくら感謝してもし足りない。 毎度の中間発表でお通夜のような雰囲気を作り出してしまったにもかかわらず、貴重なフィードバックをくださった大学院生および第10期生の方々 。進度が遅い関マケの雑務を手伝ってくれた同期のみんな。そしてなにより小野先生。 小野先生がいなければ、この論文が完成することは決してなかっただろう。 何度もアドバイスをくださり、また何度も添削していただき、本当にありがとうございました。
この経験が今後の人生に生きることを願い、コメントを終わらせることとしよう。
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津田: マイペース。 アニメ。 西本: youtubeで車の動画見てる。 佐藤優: 塾講師。 字きれい。 立松: 目が怖い。 口調も怖い。 全部怖い。 この関マケメンバーを何度 「嫌い」 と思ったかわからない。 男臭いし、みんな自由だし…
論文チームが決まった時、みんな頭よさそうだし、いい感じ! と思っていた。 この考えが甘かったと気づいたのは活動開始1ヶ月後の夏休みである。 他2チームはどんどん進んでいくのに、関マケは1日集まって議論しても、何の進展もないなんてことはしょっちゅうであった。 さらに、夏合宿の発表といい、ゼミでの発表といい、関マケだけ毎回炎上。 「ゲーミフィケーションってそもそも存在しないんじゃない?」 とグサッとくるフィードバックを院生から何度も頂いた。 そんな関マケが、怒涛の追い上げを見せはじめたのは、9月の終わりである。 先生の 「フロー理論しかないんじゃない?」 という一声から、PLS-SEMとの出会い、日本人 (=立松) がチームにいることまで、運が良かったとしか言えないようなことも多くある。 そのおかげで、遠く先にいると思っていた2チームを追い抜いて関マケの提出締切に間に合わせることができた。 その論文提出日は偶然にも私の誕生日であった。 先生からのメールを待ちながら、関マケメンバーが祝ってくれたのもいい思い出である。
論文を提出して安心しているのもつかの間、商学会賞への投稿、パネル作成、本番に向けてパワーポイントの作成や発表練習とやることはたくさん。 またも、ぎりぎりの本番前日深夜まで、パワポの修正をしていた。 発表に関しては、私は、本当にプレゼンが苦手なので、もはやプレゼンしなくてもいいと思っていた。 みんなの足を引っ張るのが怖すぎて、本当にナーバスになっていた。 しかし、結局、自分が担当した分析の発表をすることになり、終わってみるとやっぱり自分も発表にできてよかったなと思う。 関マケ本番は、少し苦い思い出になってしまったが、論文賞を頂けたのを。
思い返してみると、本当にあっという間であった。 9月まで、何も進まなくても、叩かれても、めげずに頑張れたのはこのメンバーだったからだと思う。 関マケメンバーを 「嫌い」 「嫌い」 「嫌い」 と途中何度思ったかわからないが、終わってみるとそれが全部 「好き」 「好き」 「好き」 に変わっているから本当に不思議である。 本当にありがとうございました。 関マケでよかった!!!!!
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自分の所属する論文チームを振り返って、今思うことは、この関マケのプロジェクトが、単なる論文を書くこと以上のことを教えてくれるということである。 以下それを、執筆過程と本番当日の2点を中心に、我が稚拙な日本語で表現していきたい。 そして、最後にそれらを経た上で感謝の意を表したいと思う。
1点目に、論文執筆過程は、1つの論文を書く限り、個人作業も含めて発表の場以外すべてグループワークである。 紙面の関係上、このグループワークという過程から学んだ事の中で1つだけを、ここに記そうと思う。 まず前提として大切なのは、他者が自分とは異なる思考プロセスをたどるものであるということである。 一言でいえば我が関マケのメンバーはプライドが高い。 それゆえ各自が独自の論理に基づく考えを持っている。 つまり多様性がある。 そのためこれを1つのコンセンサスに集約することは非常に難しいものであった。 自分がいいと思ったアイデアは他者に納得されず、他者がいいと思ったアイデアはまた他者に納得されず… (こういう形を取りながら、その議論の題材も次々に代わりながら、8月までは過ごしたのだった。) このプロセスから自分はあることを考えた。 時に説得的な意見と説得的でない意見の違い、簡単に言えば通る意見と通らない意見の違い (意見が通る人と通らない人の違いともいえる笑) である。 それに対し今感覚として思うのは、「説得的な意見に必要なのは、情という要素を無視すると、最後には明確な論理しかないのではないだろうか。」 というものである。そして言うまでもなく、我々関マケメンバーを超えて、圧倒的で明確な論理を持ち、さらにその論理の先の展望を我々に示してくれたのは、やはり小野先生であった。 ゆえに小野先生のお力添えがなければ、我々はいつまでも議論を続け、論文の完成はもっと遅く、さらには完成を見なかったであろう。
2点目にこれらのグループワークはすべて11月30日に行われる関マケ本番発表に向けて進んでいた。 つまりグループワークというプロセスを経た後は、発表という点が最後にあるわけである。 この発表では 「結果を残すことの難しさ」 を感じた。 関マケは、論文を基に提案を作り、プレゼンをし、それが実務家に評価される点に他の論文チームと異なる独自性があり、我々が目指すものであった。 そこで我々は、できうる限りの努力を注いだ。 少なくとも自分は、個人的な思いもあって、いまだ人生かつてないほどにプレゼンテーションの練習を行った。 しかしながら本番当日、我々のプレゼンは一次審査で終わることとなった。 この悔しさを書き始めるときりがない。 しかし自分はこの時、「どれだけ努力しても報われない時がある」 という世知辛さも改めて感じた。 もちろんこんな言葉で流せるほどの悔しさではなく、公園で叫んだりもしたが、やはり、努力しても結果が出ない時があるのだと感じた。 これを感じることができたのも、この論文、そしてチームで優勝するために6か月、そして最後の数週間これまでにない努力をしたからだと思う。 ちなみに、ゆえに努力しても結果が出ないから努力しない、のではなく、これからは自分が思う以上の努力をしなければ、確実な結果は得られないということを考え、今まで以上に結果を求めて努力していこうと思う。 少なくとも今回は結果が残せなかったのだから。 (論文賞をいただけたことはもちろん光栄でした)
最後に忘れてはならないのが、やはり 「感謝」 である。 まずは上記のような論文執筆、発表にあたって、ご指導くださった小野先生以下すべての方々にお礼を申し上げたい。 我々関マケチームだけでは、論文の完成は本当にありえなかっただろう。 本当にありがとうございました。 加えてこの執筆過程と発表の場をともに歩ませていただき、何よりも充実した6か月間を送らせていただいた11期関マケメンバーには本当に感謝したい。 いろいろあったけど、この5人で本当に良かったと思う。 本当にありがとう!!
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